「燃えるかどうかでゴミを分別するのはおかしくありませんか。」
日弁連シンポジウム「ゴミゼロ社会は夢か現実か?」〜名古屋から見る循環社会〜参加報告から
昨年、名古屋で行われた日弁連シンポに、アメリカセントローレンス大学教授ポール・コネット氏が参加し、基調講演を行いました。どの講演はとても刺激的なものでした。是非、皆様にご紹介したいと思います。
■直線型社会(liner society)
20世紀、生産、消費、廃棄という直線的社会を作ってきた。
コストを掛けないでゴミを安全に処理するかを考えるゴミ管理社会だった。
しかしながら、21世紀は捨てることを管理する社会である。
■ゴミ問題を考えるべきは誰か
アメリカ大統領は4年しか先を見ていない、会社社長は10年先しか見ていない。市民は自分の子ども、孫、ひ孫まで視野に入れている。だから市民はずっと先を考えてゴミの問題も考えることができる。
ゴミゼロとは何か。
維持可能な社会というのはゴミゼロの社会である。ゴミゼロ社会を作ると言うことはどういうことか。それはパラダイムの大転換を意味する。考え方を変えると言うことである。ゴミゼロ社会を目指すためには、ゴミを作らないことを考える。出してしまったゴミをどうしようという問題ではない。ゴミを川でたとえると下流で考えることではない。上流から流れないようにするということである。下流に立って上流を考えるということは、リユース、リサイクル、コンポストできないものを作るなという要請に変わる。
ゴミゼロとはゼロウエストの原則を意味する。リサイクルは尊重するがリサイクルでは無理がある。
■ゴミ問題は誰が解決すべき責任か。
コミュニティとガバメントの責任である。
例えば、日米の比較で言えば、
アメリカのゴミ処理・・・ごちゃ混ぜにしてそのまま捨てる。
日本のゴミ処理・・・・・焼却して灰にして捨てる。
という原則に立っており、ゼロウエストになっていない。
分別(コミュニティの責任)を前提として、発生源における分別(資源回収、コンポスト)、リサイクル、有害廃棄物の処理、残磋物のスクリーニングシステム、第二次的有機物のコンポスト、暫定的最終処分場を経た後、どうして最終的にゴミが残るか研究し、そこから逆に残ってしまう材料は使わないことを研究する。その研究成果を生産段階でそれを生かしていく(行政の責任)。そのようなシステムの構築をすることが必要である。
市民側が分別する責任を負担する一方、企業側の責任はどのような責任を負うべきか。拡大生産者責任、EPR、回収義務、生産物の審査義務、容器の持ち帰り義務、これをデザイン化する義務を負うべきである。ゴミ処理に関しコスト感覚を持たねばならない。
例えば、ゼロックスは欧州16か国において1000の部品からなるコピーマシン全ての商品を回収し、ゼロウエストプログラムを実施している。部品を代えて再利用することを実践している。使える部品の再利用。物質としてマテリアルリサイクルを実施し、製品の95%が再利用できている。これで年間76億円の節約が可能となったとのことである。
一方、行政の役割は、達成目標を具体的にきちんと掲げ、そのための手段は現実的でなければならない。行政が市民と一緒に働くことをいとわないことが大切である。法規制から見れば、リサイクル・リユースできるものを、最終処分することを禁止することが必要である。また、ゴミの重量制にしてインセンティブを与えることも有効である。
■カナダのノバスコシア州のウエストゼロ政策
同州では、市民の72%がコンポストに参加、100%の市民が分別に参加、残磋の研究に取り組んでいる。有機廃棄物は安定化課程を経るようにしている。回収場所にも工夫がある。また、容器包装のデポジット制度を実施している(10セントのデポジット)。このシステムによって新たな雇用を生み出すが、デポジットに伴うコストはデポジットからまかなうことができる。同州では採取処分場には鳥もいない、臭いもない。タイヤ処理は液体窒素を使って、低温状態で破砕し、人工芝、トラックラバー等にリサイクルしている
これらのシステムのアイデアは市民から出された。最終処分場建設計画、処理機械の輸入を拒否した市民側に行政がどうしたらいいのかというボールを投げかけて生まれたシステムである。
■他の都市の例
コンポスティングも重要で、スイスのチューリッヒではコミュニティコンポストが存在している。ニューヨークでも700位のコミュニティガーデンがある。オタワでは小売店の引き取りプログラムがあり、ゴミを小売店に持っていけば引き取ってもらえるシステムをとっている。このシステムでは無料で小売店の広告宣伝してもらえるし、容器を持ってきてくれたら別のものを買ってくれるという機会も増えることになる。キャンベラでは2010年までにごみゼロにする運動を展開している。同市の最終処分場地区は政府がインフラストラクチャを整備し、そこに企業が参加する。将来処分場はモールのような形になっていくのではないかと考えられている。ニュージーランドでは40%の自治体がゴミゼロに取り組んでいる。将来は世界で初めて国全体でゴミゼロに取り組む国になるのではないかと考えられる。
■日本のゴミ燃却システムの不合理さ
日本では、焼却場を作るのに2000年までに8000億円の予算が使われている。このような金の使い方は不合理である。資源を壊しているからである。賢くないことを宣伝しているような物だ。たくさんの税金を燃やしているということである。雇用の機会を失わせていることになる。エネルギー倹約の機会を失っている。地域の小さなビジネスの機会を捨てている。想像力、創造力、発想力を焼却しているのと同じだ。
2020年までに焼却を止めて、ウエストゼロのシステムを作るべきだ。実際日本の処分場を見て来ての感想だが、経済的補助金を投じて750億円で資源を消滅させるのに使っているのはおかしい。ピットには1500トンの資源が毎日毎日捨てられていることを残念に思う。ゴミゼロは新たな職を作る、新たな仕事を作ることになる。
■日本の弁護士について
アメリカでは弁護士はゴミ問題を考えていない。日弁連の活動には感動した。市民の希望を考えて吸い上げてこれを生かそうとするのはすばらしいことである。21世紀後半には、きっと、どうして資源ゴミを捨ててしまっていたのだろうという時代に必ずなっている。
(以上、高橋)。