弁護士会が千歳川放水路計画に関わっていたのかということに疑問を抱く市民の方も多いかもしれない。
弁護士会は、全弁護士が所属しなければならない強制加入団体で、都道府県単位で弁護士会が組織され、その中には公害環境委員会を始め、人権委員会、両性の平等委員会、消費者委員会など様々な分野の人権問題に、ボランティアとして取り組んでいる。
札幌弁護士会の中では、公害環境委員会は最もアクティブな委員会の一つであり、札幌市で、スパイクタイヤによる粉じん問題が大きな社会問題となっていた際に、この問題を人権問題として取り上げて、スパイクタイヤ規制に大きな役割を果たしたこともある。また、最近では、時という指標で、公共事業を見なおそうという「時のアセス」に対抗し、市民が参加して公共事業のあり方を考えようと言う「民のアセス」を発表したり、日高横断道路問題について、見直しを求める会長声明を発表したりと、活発な活動を行っている(札幌弁護士会公害境委員会の活動については、札幌弁護士会のホームページ(http://www.satsuben.or.jp/)に詳しく紹介されている)。
札幌弁護士会の千歳川放水路の問題に対する取り組みは、そのような公害環境委員会の取り組みの一つであった。この問題を最初に取り上げた1993年当時、千歳川放水路については推進論と反対論が拮抗し、それぞれに集会を開くなどしてはいたが、冷静に千歳川放水路の是非について、どのような論点が対立し、どちらの主張が合理性があるのかということを議論する場は存在しなかった。
このような議論を冷静に行うためには、公正なる行司役が必要であり、その意味で、どちらの立場にも組せず、リーガルマインドをもって様々な人権問題に取り組んでいる弁護士会こそが、その行司役になりうると考えた。
そこで、我々はまず千歳川放水路計画を巡って推進側と反対側が共通認識をしている論点を抽出して、論点を絞り込み、それを推進側の代表として当時の北海道開発局、反対側の代表として北大の小野有吾教授にこれをぶつけ、論点についての見解を述べてもらった後、それに対する反論を相手側に書いてもらうということを何度か行い、それを一覧表にまとめた上で、公開された場でのパネルディスカッションをしようと考えた。この方法は、まさに、民事裁判の弁論手続でおこなわれている手続を応用したものだった。
ちょっと、横道にそれるが、我々弁護士が取り組んでいる民事訴訟においては、このような主張整理を尽くした上で、証人尋問などの証拠調べを行って、裁判官が請求に原因があるかどうかを決定するという手続がとられている。このような裁判制度は、人類が歴史の中で、英知を集め、問題解決の有用な制度として構築してきたものである。時間はかかるかもしれないし、面倒かもしれないが、このような主張整理を経て議論を尽くした後、証人尋問を行って、第三者の公正な裁判官や市民で構成される陪審員がこれを判断する手続は、全世界でいろいろなバリエーションはあるものの、基本的に多くの市民に受け容れられているシステムなのである。そして、千歳川放水路問題の議論では、このようなシステムの中でも、陪審制度のシステムを使い、裁判官役の弁護士会は、勝ち負けの判断を下さず、多くの市民の方々に、議論の優劣を判断してもらおうとしたわけである。
無論、行司役を務める我々自身も、千歳川放水路計画を推進していた北海道開発局の担当者の方々や反対派の環境団体の方から現地で話を伺い、勉強させて戴くことも欠かせないことだった。というわけで、この問題では何度も現地に足を運んだ。そして、その中で、当時ウトナイ湖ネイチャーセンターのチーフレンジャーを務めていた大畑さんとお知り合いになり、千歳川放水路計画がラムサール登録湿地であるウトナイ湖などに与える影響についてお話をうかがい、我々が開催した第一回目のパネルディスカッションでは、冒頭でこれについて解説をしていただいた次第である。
このような準備を経て開催された2度のパネルディスカッションは、いずれも多くの参加者を得て熱い議論が交わされたが、事前に論点を抽出し、双方で書面のやりとりをした上、それを弁護士会が一覧表にまとめ、パネルディスカッションに参加した市民の方々に配るという周到な準備があったことで、しばしば見られるような散漫に創価的に進行するディスカッションと異なり、本当に実のある充実した議論になったと思う。
札幌弁護士会ではこの時の模様をリブレット(小冊子)にまとめて刊行している。
その後、千歳川放水路は実質中止へと進んでいったが、今でこそ、大型の公共事業が次々と止まるのはよく見られることであるが、その当時は一旦走り出した公共事業は絶対に止まることはない、止める手段もないという時代であった。
その中で、千歳川放水路計画が、その計画の合理性・自然環境への影響が見直され、実質的に中止となったことは、極めて画期的なことだったと言わねばならない。
むろん、札幌弁護士会の前述の2度のシンポジウムがこのような結論を直接導いたということではないが、推進側や反対側の当事者自身が議論に参加することによって、千歳川放水路計画の問題点を深く理解したことは、少なからず、その後千歳川放水路計画の成り行きに影響を与えたのではないかと考えている。
環境開発に関する国際会議、いわゆる地球サミットで採択された環境と開発に関するリオ宣言の第10原則には「環境問題は、それぞれのレベルで、関心のあるすべての市民が参加することにより最も適切に扱われる。国内レベルでは、各個人が、有害物質や地域社会における活動の情報を含め、公共機関が有している環境関連情報を適正に入手し、そして、意思決定過程に参加する機会を有しなければならない。各国は、情報を広く行き渡らせることにより、国民の啓発と参加を促進し、かつ奨励しなければならない。賠償、救済を含む司法及び行政手続に対する効果的なアクセスが与えられなければならない。」とある。まさに、環境問題は市民参加によって、解決することが最も大事なことなのである。
ただ、参加と言っても、何のルールもなく、ただ賛成反対を言い合っていても、結論は出ないし、意見の集約もされない。そこには、民意を取り上げる一定のルールが必要である。
そして、その局面においては、弁護士会や弁護士資格を有する者こそが、最も良く、論点を整理し、抽出し、そして、市民の議論を集約していく役割を担えるのではないかと考える。
今後も、このような切り口から、札幌弁護士会公害環境委員会・日弁連公害環境委員会の一員として、様々な環境問題に取り組んでいきたいと思っている。