(札幌弁護士会開放2002年6月号「特集私の記念日」より)

今、私は、パリ郊外にあるシャルル・ドゴール空港のターミナル2Dの55番ゲートにいる。ベニスに向かう飛行機へ乗り継ぐために待っているのである。
シャルル・ドゴール空港は、最近、ある女優と作家のドラマティックな出会いの舞台として脚光を浴びているが、ここDホールはヨーロッパの各空港へ向かう準国内便が多く、雑然として、きれいでもなんでもない。周囲を見渡しても、日本人は私一人である。一目でそれとわかる東洋人がベンチでパソコンを打っている姿はちょっと異様かもしれないが、私にとって周囲が外国人ばかりの状況は決して嫌なことではない。かっこよくいえば、孤独感を味わえるからかもしれない。
私は、ここ数年の間、ドイツを中心に・オランダ・デンマーク・韓国・アメリカなどの海外の環境事情の視察に年1回ほど出かけるようになったが、そのきっかけを与えてくれたのは、公害環境委員会の先輩方である。札幌弁護士会に登録してすぐ公害環境委員会に配属されたが、委員会が終わった後の飲み会などで、当時幌延問題などで積極的な活動をされていた山本行雄先生から、日弁連の海外視察の体験談をよく聞かされたものである。また、それに同行された上田文雄先生や石黒敏洋弁護士からも海外視察ならではの愉快な話を聞かされもした。日弁連の海外視察は、日程が厳しく、観光地を回ることはほとんどできないが、普通の旅行ではみることのできない場所や会えない人に会え、とても貴重な経験を積むことができるので、是非、君も参加した方が良いというような話だった。私は、日弁連の公害環境委員会の活動がそのようなグローバルな活動をしていることを初めて知り、自分も機会があれば是非参加したいという気持ちがつのっていった。しかし、当時、日弁連に参加するためには委員長などの役職にいることが必要という慣習があり、私にとっては、ずっと遠い将来の話としかとらえることができなかった。

ところで、公害環境委員会は、下世話な言葉で言えば「はまるか、はまらないか」が大きい委員会のように思う。興味を持てる者にとってはこれほど面白いやりがいのある委員会はないが、興味が持てなければ苦痛にさえなる委員会かもしれない。
私は、弁護士一年目に宇都宮で行われた日弁連の人権大会のリゾート開発を考えるシンポに委員会派遣で参加する機会を得たが、ゴルフ場やリゾート開発を環境破壊という観点から分析し、問題点を浮き彫りにしたシンポで、知的満足を十二分に満たすという意味でとても楽しいシンポであった。
これをきっかけとして、私は公害環境委員会の活動に熱心に取り組むようになっていったが、そのように熱心に取り組み始めたのは、環境問題が日頃の業務とはほとんど無関係で、この問題には雑念なくピュアな気持ちで取り組めるという側面があったからかもしれない。
さて、そんな私に突然日弁連海外視察に参加できるチャンスが巡ってきた。興味を持って環境委員会の活動に取り組んでいる姿を見てくれていたのか、山本行雄先生はイタリアベニスで開かれる国際環境裁判所設置に関する会議に参加する日弁連の視察団の一員として私と小坂先生を推薦してくださったのである。これは若手に経験を積ませようと言う山本行雄先生の計らいで実現したものであった。私は二つ返事でこれに参加することを了解した。当時は、中山博之先生のイソ弁をさせて頂いていたが、中山博之先生は、当時からご自身が積極的に日弁連活動に参加しておられていたので、快く私を送り出してくれた。このお二人の計らいがなければ、その後の海外視察は実現できなかったわけで、お二人には本当に感謝している。
この視察では、オランダ・ハーグにある国際司法裁判所の大法廷で小田裁判官と楽しく歓談したり、ベニスではイタリアの現職最高裁判事とも会ったりすることができた。また、ルクセンブルクにあるEC裁判所(現EU裁判所)で実際の裁判を傍聴することもできた。このような普通では味わうことができない貴重な経験をすることができたことだけでも記念すべきことだが、それにも増して、この機会に日弁連の公害環境委員会で活躍する猛者のような個性的な弁護士達の姿を目の当たりにすることができたことが私にとって、まさに決定的であった。

たとえば、成田空港にジーパンとビーチサンダルで登場したK弁護士には度肝を抜かれた。同弁護士はベニスの会議を終えるとすぐホテルに籠もって、ご自身の無罪事件に関する本の原稿を校正されていたのにも驚いた。ベニスといえば誰もが憧れる水の都であるが、それに見向きもせず黙々と原稿を仕上げている姿はすごいといわざるを得なかった。
英語を駆使するK弁護士もすごいの一言である。流ちょうな英語で、次々に訪問先の環境省スタッフと話をする姿を見て感服である。俺も英語をやらねばだめだなあと痛切に思ったものだ。(ただし、残念ながら、その後の海外視察でも同じような気持ちを抱いているのだが、いっこうに英語力を身につけることができていないが・・・)。
大阪のO弁護士もすごい。弁護士として成功していたにもかかわらず一念発起して事務所をたたみ、イギリスに単身留学し、留学先からこの会議に参加しているというのである。
盛岡のT弁護士も別の意味ですごい。とにかく、夜の町に、一人でどこへでも行って、ジャズなどの音楽を楽しんでくるのである。その一人歩きの行動力には驚かされた。
このような弁護士に代表されるように日弁連で環境問題に取り組む弁護士の姿は、きわめて個性的であり、かつ、新鮮であった。自分の仕事をきっちりこなす一方環境問題にも積極的に取り組む姿は、当時の私にとっては感動的ですらあったのである。
そして、視察中に、このような個性的なメンバーと一緒に日弁連で活動し、海外視察に出かけてみたいというのが、私の弁護士としての大きな目標の一つとなった。
思わないことは実現しないというが、このような思いを抱き続けていた結果だと思うが、この視察を契機として日弁連活動に参加する機会が実現することとなった。山本行雄弁護士が、日弁連委員に交代時に私を推薦してくださったのである。本当に山本行雄先生には感謝の気持ちでいっぱいである。

その後の視察については、いろいろな機会に発表させて頂いているので、ご存じの方も多いかもしれない。
一昨年には、このような最初に海外視察に出かけたときの感動を札幌弁護士会の公害環境委員会のみんなと共有したくて、登録1ヶ月の金子・菅澤両弁護士をはじめとして、上田文雄、相原、難波徹基、西村歩弁護士を含む7名の弁護士で、ドイツ環境首都といわれるフライブルク・ハイデルベルクを訪れる機会を持つということも実現できたのである。
日弁連公害環境委員会では今湿地の問題に取り組んでいる。私が属している自然保護部会ではこの問題で今年の人権大会シンポを開催した後、過去にシンポを行ってきた野生生物保護や公共事業と環境破壊の問題を再び取り上げ、シンポで報告したことが今どのようになっているかを検証することをやろうとしている。
インターネットの発達で、居ながらにして得られる情報は多いが、現地に行って、実際の現場を見て、いろいろな人から話を聞かなければ実情はわからないというのが実感である。担当官署の方の説明する態度でその事業が実際はどれだけ重要なものなのかを知ることもできるのである。情報化が進めば進むほど日弁連の基本理念である現場主義が大切になってくると思われる。
だから、年一回の海外視察も当面終わりそうもない。
最後に、視察の度に長期間留守にして、周囲の方々に大きな迷惑をかけていますが、皆さんに理解して頂いて本当に助かっています。特に、昨年米国テロ事件の影響で帰国が大幅に遅れた際、いろいろな方から暖かいお声をかけて頂きました。この場を借りて御礼を申し上げたいと思います。今後ともよろしくお願い致します。