2008/05/21 (Wed)
読書の時間
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読書離れが言われて久しいが、読書は楽しいものだ。本から得られるものも多い。人間が他の生物よりも進化し、文明を作って来れたのは、過去の先達の知識を本によって得ているからだ。
だから、本を読まないと、読むとでは人間の幅が全く違ってくると信じている。
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読書は、本を買った時が、すなわち、読みたい時が読むチャンス。時間が経つと読む気が起きなくなってしまうものだ。読書をするにはまとまった時間が必要だが、それには移動の時間が最適だ。休日にじっくり本を読むと言うより、東京出張の際、飛行機の中で読むことが多い。
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高校時代は手稲から札幌南高校に通っていたので、汽車の待ち時間がかなりあり、一番本を読んだ時期だ。そのころは角川映画全盛時で、ミーハーな僕は金田一シリーズ(横溝正史)とか証明シリーズ(森村誠一)をたくさん読んでいたものだ。
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弁護士ものや裁判ものを読むが、日本の小説はリアリティーに欠けたものが余りに多く、それだけで読む気を失ってしまう。そんなことはあり得ないだろうと本に突っ込みを入れながら読むのはストレスだ。
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インターネットで本を買うのも良いが、本屋さんでじっくりと平積みされた本を買うのも良いものだ。しばしば行くのは札幌駅近くにある紀伊國屋書店。軟らかい本から固い本、医学書、法律書など全部揃っている。しかも、コーヒーショップまである。広くて静かに本をぱらぱらめくりながら吟味できるのがいい。紀伊國屋書店ができるまでは、丸善を利用していたが、三越の隣から引っ越してしまったため、殆ど利用しなくなった。
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人間の目はすばらし検索機能を持っていて、頁をぱらぱらめくるだけで、自分の関心のあるところをサーチできるという機能が備わっているそうだ。その意味では、本屋さんでぱらぱらめくるのはとても大切なことだ。
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吟味して買ったはずの本だが、読み始めてとても読めないという心境になるが、そこを我慢して読み進めてみることにしている。しかし、それでも全く面白くなかったら、私は読書をやめている。苦痛を味わうのは、楽しみのための読書には必要ないと思えるからだ。
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当たり外れなく読書したいときには、良い読書友達を持つことだ。お勧め本を語ってもらうこと。それに興味を持てたら、それを買うことだ。私も何人かこのような友人がいるが、読書していない人が多いので、そのような友人は貴重だ。
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本に感動したらつい人に勧めたくなるものだ。そういう本を何冊かもっていたいものだ。






