2008/09/17 (Wed)
敬老の日・・・話題の共有2008:09:17:21:50:42
●
今日は、敬老の日。自分自身まだまだ若いと思っていたが、最近「老い」的なものを感じることが多くなった。よく世間で言われているように体に無理がきかなくなったり、視力が衰えたり等で感じるのだが、私は、人と共通の話題で話せなくなることが一番老いを感じてしまうことのような気がしている。
●
私の事務所では、昼休み秘書と一緒にそれぞれ用意した食事を、同じテーブルを囲んで食べるのが習慣になっている。その時に語られている話題は大抵ついて行けるのだが、私が持ち出した話題にどの秘書もきょとんとして分かってくれない時がある。秘書の年齢は20代、30代が中心だから、私とは四半世紀くらいの開きがある。
だから、秘書が生まれていない時代の話題を出しても、私の一人よがりの話になってしまうことは当然なのだが、ついそれを忘れて話をして、そのたびにちょっぴり悲しい思いをしてしまうのだ。
●
自分の話すことに共感してくれる相手がいること、このことはとても大切なことなのだと思う。
年を重ねるということは、そのような相手が少なくなっていくということを意味するのだろう。よく、夫婦の片割れに先立たれるとガクッときてしまうという話を聞くが、話をする相手を失うということは非常にショックな出来事だと思うのである。
●
という事情で、私は依頼者の方とは、共通の話題を見つけて語り合う時間を大切にしている。
私の父親は酔うと戦時中の話していたし、また、母親はテレビを見ながらよく芸能界の話題をしてくれていた。また、小さいときはテレビっ子だったからテレビからインプットされた情報も多い。結構本も読んでいるし、弁護士になってからの面白い経験もある。だから、話題の広さはこの業界でも広い方だと自負しているので、結構幅広い話題について行けるのだ。
●
年配の依頼者の方から昔の話を聞くのも大好きだ。特に、昔の札幌の町並みや風習などには大変な興味がある。一生懸命話を聞くと、一生懸命話して下さるものだ。依頼者の方には、人と共通の話題で話ができるという喜びがきっと湧いていると信じている。
●
人生の先輩を敬うのが敬老の意味だとするならば、先輩が歩いてきた歴史に興味をもって、先輩が話をするのを真剣に聞いてあげるということが一番だと思う次第である。
●
ちなみに、自分自身の感受性を豊かにして、様々な話題に興味を持つように心がけている。それだと、こちらの話題にはついてきてくれなくても、少なくとも、相手の話題について行けることになるから、共通の話題は存在することになる。それに、そのような努力は前頭葉の刺激となり、老化を防止することにもつながる。
●
最後に、話題について行っているかどうかのテストを・・・。
50才以上のおじさんの方々へ、今話題の「小悪魔ageha」って知っていますか。
ピンと来た方は、「前頭葉」まだまだ大丈夫です。

