2008/12/06 (Sat)
裁判員制度と訴訟社会の到来2008:12:06:22:47:38
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最高裁のサイトによると、「どのような経緯で裁判員制度の導入が決まったのですか。」という質問に対しての回答は「裁判員制度は,平成11年7月,内閣に設置された司法制度改革審議会が,平成13年6月に取りまとめた意見書の中で「司法制度改革の三つの柱」の一つとして国民的基盤の確立を掲げ,その中核として導入が提言されました。」というものだ。
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次に、どうして裁判員制度を導入したのですか。という問いに対する答えは「これまでの裁判は,検察官や弁護士,裁判官という法律の専門家が中心となって行われてきました。丁寧で慎重な検討がされ,またその結果詳しい判決が書かれることによって高い評価を受けてきたと思っています。 しかし,その反面,専門的な正確さを重視する余り審理や判決が国民にとって理解しにくいものであったり,一部の事件とはいえ,審理に長期間を要する事件があったりして,そのため,刑事裁判は近寄りがたいという印象を与えてきた面もあったと考えられます。また,現在,多くの国では刑事裁判に直接国民が関わる制度が設けられており,国民の司法への理解を深める上で大きな役割を果たしています。そこで,この度の司法制度改革の中で,国民の司法参加の制度の導入が検討され,裁判官と国民から選ばれた裁判員が,それぞれの知識経験を生かしつつ一緒に判断すること(これを「裁判員と裁判官の協働」と呼んでいます。)により,より国民の理解しやすい裁判を実現することができるとの考えのもとに裁判員制度が提案されたのです。」というものだ。
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小泉改革による規制緩和で事前規制社会は撤廃され、自由な事後救済社会になってしまった。その事後救済社会に欠かせないのは、訴訟による事後救済システムだ。国は事前救済によって国民を救うことはやめた。自由に競争し、それに負けた者・・・騙された者、判断を誤った者・・・は自分で訴訟を通じて被害を回復せよということだ。訴訟を用いた合法的な自力救済という視点を一つ持つと社会の見方も変わってくる。
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合法的に自力救済をするには弁護士の手助けが必要だが、司法の利用には弁護士がたくさんに、かつ、全国津々浦々いなければならない。そうしないと、事前規制を辞めましたとは言えないわけだ。だから司法改革では、弁護士の大増員、その為の、ロースクールというシステムができあがった。そして、その一方で、刑事裁判への国民参加も決まったのだ。もはや民事事件のみ成らず、刑事事件も国民が望むと望まずに関わらず、国民は否応なしに司法に巻き込まれていく。別の見方をすれば、国民が国民の一員を裁き、自力救済するという見方もできるかもしれない。また、被害者の刑事手続も自分の権利侵害は自分で回復するという面があるかもしれない。
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つまり、国民は黙っていても、国が事前にチェックして守ってくれるとか、危険なものを排除してくれるという時代は終わったということで、自分の責任とお金で権利侵害を排除していかねばならないし、権利侵害がないように予防していかねばならないということだろう。
そような時代にあって、弁護士を頼むことで相手方に悪印象を与えるとか、大げさになるとかいう感覚ではもはや現代は生き抜けないと思うのだ。有名な宮澤賢治の「雨ニモ負ケズ」の中で、「北ニケンクワヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイヒ」という牧歌的な時代は終わったのだ。

