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Sammy'sダイアリートップ > 2009年3月

2009/03/30 (Mon)

貴方は何世代ですか。〜ボードゲームの思い出〜2009:03:30:21:14:43

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 前回のブログで、大前研一の世代分類方法(少年ジャンプ世代、テレビ・コンピュータゲーム世代、ケータイ世代)を紹介したが、貴方は何世代だと思っているだろうか。テレビ世代か深夜放送世代か・・。私は、自分自身をボードゲーム世代だと思っている。
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 小学校時代の外の遊びと言えば、野球やソフトボール、缶蹴りが定番なら、室内の遊びの定番は何と言ってもボードゲームだった。
 ボードゲームで最初に出会ったのは、ディズニーの家族版だ。ダイヤモンドゲームやロケットゲーム等の人気ボードゲームを全て楽しむことができた。厚紙でできた台紙が3枚くらい入っており、表裏にボードゲームがあったから6種類くらいのゲームが入っていたことになる。
 かなりマイナーだったが、36マジックボードというゲームは面白かった。サイコロを2つ振って、でた目だけ進めるが、6×6=36枚にボードが区切られており、サイコロに符合する四角形のピース(例えば、1−2のボードや、2−5のボード)を自分の好きなところに移動して、相手を孤立させたり、自分の近くにゴールを持ってこられるというのが斬新だった。
○
 それら様々なボードゲームの中で、当時の小学生に最も人気があったのは皆さんもよくご存知の「人生ゲーム」だろう。友人の家に集まって、人生ゲームをやってとても面白くなってしまい、自分もお年玉を貯めてそれを買って、友達と何度も楽しんだのを覚えている。
 そして、その人生ゲームよりも、面白かったのが、何と言っても「モノポリー」だろう。モノポリーは、二つのサイコロ(ダイス)をふって、自分のコマを進めて、ボードの縁のマス目状の土地を一周し、一周し終えたら給与がもらえるというゲーム。但し、土地に止まったら、その土地がだれも所有していなければ銀行からこれを買える、もし、誰かが買っていたら、その所有者に地代を払わねばならないし、ログハウスやホテルが建っていたら宿泊料を支払う必要があるというこのだ。一周回ると確かに200ドルというサラリーが得られるが、最終的には、土地を買って独占(モノポリー)して、ホテルを建てて、他の人がその土地に止まって高額の宿泊料をもらった方が勝つことになる。
 このゲームが面白いのは、土地に2つないし3つずつ色が付いていて(カラーグループ)その土地を全て揃えないと、ログハウスやホテルが建てられないということだ。そして、プレイヤーは自由に取引をすることが可能なので、自分の土地と相手の土地を交換したり、三角トレードをしたり、付加金や特権を付す等して、相手との合意点を探っていく。
○
 プレーヤー相互の虚々実々の駆け引きが醍醐味だ。勝敗は、もちろんダイスの目という偶然に委ねられてはいるのだが、それに交渉力という自分の力が試され、運だけでは勝てないところが本当に面白いのだ。
○
 大前研一的に評価するならば、ボードゲーム世代は、人生ゲームや運命ゲーム、モノポリーなどで自分の人生を疑似体験しながら、他者との競争に打ち勝って、ビッグな大立て者になったり、億万長者を夢見ることができた、高度経済成長期的な思考が育った世代で、その世代が、バブルの主役となった・・・のではないだろうか。
○ 
 ちなみに、お正月休みなどに、親戚が集まった際に時々モノポリーをやっているが、結構勝つことが多い。但し、勝利した後、必ず、ずるいとかだまされたという批判が集まってしまうのは心外だ。モノポリーで勝つためには、過去にこのゲームで負けた経験が生きてくるので、経験があるものが勝つのは当然の成り行きなのだが・・・。

2009/03/27 (Fri)

お奨めの一冊vol.8 大前研一著・「知の衰退からいかに脱出するか」・光文社(1600円)〜少年ジャンプ世代、ゲーム世代、携帯世代〜2009:03:27:05:14:13

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 サイバー化が進んだグローバル経済社会では、「勝ち組」が国境を越えて「負け組」からどんどん富を奪い、しかも、その構造が固定化されるおそれがある。今の時代、鎖国など不可能だ。サイバー社会には、「できるヤツ」と「できなヤツ」の二種類しか存在しない。そして、現在、両者の格差は本当の格差社会とはこのことではないかと思えるほど急速に開いている。すなわち、できるヤツに富は集まり、できなヤツは負け続ける。大前氏はこのことにまず恐怖を抱いてもらいたいとする。その上で、日本人一人一人がIQを高めていき、今後も経済的繁栄を持続できる日本を目指して欲しいと述べている。衣食足りて礼節を知る。すなわち、人々の経済的生活が豊かになればなるほど、宗教的、民族的、あるいはナショナリズム的問題は解決の方向への向かうと大前氏は考えている。
○
 大前氏の世代分類は面白い。・・・・少年ジャンプ世代とは、少年ジャンプで育った世代だ。少年ジャンプに掲載された漫画は、努力・友情・勝利という三つの要素が入った物語だが、勝利は極めて身近な狭い世界でのハピネスで、小さな夢と身近な友達、そして幸せだった。そいういう世界観は大事だが、非常に内向きで、小さな事で簡単に満足してしまうスモールハビネス人間を大量に作ってしまった。・・・と指摘する。子どもの頃から、三国志や歴史書、冒険小説を読んでいる世代とは全く違うと嘆く。ところが、最近、その少年ジャンプも売れなくなってきた。連載形式でネームを読むのがかったるいという子ども多くなってきた。
 次に来たのはゲーム・キッズ世代だ。今会社の中心の40代より、30代のゲーム・キッズ世代の方がIT機器に慣れている。しかし、その慣れているゲーム・キッズ世代が、少年ジャンプ世代等の上司に有効に利用されていないのが問題だとする。
 そして、現在は、ケータイ世代だ。一番の問題は、無欲だといこと。サイバー空間を無条件に受け入れている。メールから、ショッピングまで全てケータイ一台で済む時代になった。ケータイ文化が進んでいるのは、我が国の最大の特徴。何から何までケータイで済ませる国は日本しかない。そして、ケータイ世代の特徴は、パソコンを使わないと言うこと。そして、何より無欲。クルマ、食べ物、最新電化製品より、ケータイ。ケータイがあれば、満足している。しかも、そのケータイは日本独特のシステムで日本国内のサイトしか見ることができない非互換性のシステムになっている。・・・・
○
 大前氏の指摘は、英語教育にお及ぶ。・・・・・気がつけば、アジアで日本人だけが英語を話せない。もう、これでは国際競争に勝てないと指摘する。確かに、韓国でも、中国でも、ベトナムでも、インドでも英語は通用しているが、日本では英語を話せない人が多い。それは、英語を話す人がいないからだ。すなわち、外国人が少ないからだ。飯を食っていく手段の三種の神器は、英語、ファイナンス、IT(それを駆使した論理的思考、問題解決法を含む)で、この三つは、大学時代にぴかぴかに磨いていなければならない。それなのに、日本の大学生はバイトで忙しく、就職試験の面接で、私は特徴のない人間ですが、誰とでも仲良くやっていく自身があります」などと平気で挨拶し、企業もそれを歓迎しているのは問題だとする。・・・・
○
 そして、日本人の最近の行動についても鋭く指摘する。・・・考えても行動しない、心配しても対策を立てない、すなわち日本人は思考停止状態に陥っていると言う。確かに、本を読んでも、それを実行しようとする人は殆どいないし、本すら読もうとしない人も多い。
 日本人は有効にお金を使っていない。死ぬときが一番金持ちだと言われてる。貯めたお金はこの世に置いて、あのお金で若いときこういう事をやっておいたら、こうやって使っていたら・・・と後悔しながら死んでいくそんなバカな生き方があるだろうか。
 知の衰退は、為政者にとっては、好都合なことでもある。自ら考えて、その考えにしたがって、行動することをしなければ駄目だとも言う。
○
 物事は多面的に見なければならないが、大前研一の様々な指摘は、一面的には鋭く現在の日本人の陥っている状況を鋭く指摘していると思う。
 是非、一読して欲しい。目から鱗状態になるのもいいし、反発を感じるのも良いだろう。何かを感じて、行動に移してもらいたいと思う。

2009/03/25 (Wed)

お奨めの一冊vol.6 有吉佐和子著・「華岡清州の妻」・新潮社文庫(400円)2009:03:25:04:39:26

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 紀伊に生まれた華岡清州(1760年〜1835年)は、京都に遊学後、1785年に帰郷して医業を開業、それ以来20年にわたって薬用植物の採集と動物実験を続けた。彼の時代から1600年前の三国志の時代の華佗(かだ)が創製したという麻沸散のような麻酔薬を作って、外科手術に応用しよとうと考えた。「麻沸散」とは、大麻を含んだ処方だったらしいが、書物にはその処方が残っていなかった。そこで、華岡清州は度重なる動物実験を経て調合した薬にある程度の確信をもち、それを妻の加恵、実母の於継に対して人体実験を行い、全身麻酔薬「通仙散」を完成した。この薬はチョウセンアサガオ(キチガイナスビ)の葉を成分とするものであった。この副作用で、加恵は盲目になり、於継は命を失う。
 この痛ましい人体実験の果てに、華岡清州は1805年に世界初の全身麻酔を用いた乳癌の摘出術に成功した。この全身麻酔の手術は、アメリカで笑気ガスによる麻酔法が試みられた1844年よりも39年も前のことであった。(船山信次著・毒と薬の世界史・中公新書より)
○
 物語は、華岡清州にではなくて、この人体実験に自らを捧げた加恵と於継にスポットライトを当てて、妻加恵の目線で華岡清州が全身麻酔薬の完成に至る過程を縦軸に、加恵と姑の於継の確執を横軸にして、ストーリーを展開させていく。
 ほんの僅かな手がかりをもとに、麻酔薬をどのように開発していく華岡清州という医師への興味もさることながら、献体として自らを差し出した、妻と姑の心理にも大きな興味が湧く。
○
 華岡清州の愛情を勝ち得たい姑と妻が、その確執から競って人体実験の被験者となることを申し出る。そして、その副作用で妻加恵は視力を失う。しかし、視力を失って初めて得るものもあった・・・。
 題材もさることながら、女性作家ならではの切り口で語られる妻と姑の心の葛藤にすごみがある。
○ 
 中高年以上のかたはテレビドラマで記憶している方もいるだろうが、小説でも一度読んでみて欲しい。また、初めて「華岡清州」という名前を聞く世代の方も是非読んで欲しい。
○
 なお、世界的には、全身麻酔を開発したのは華岡清州とは認知されていないのは誠に残念だ。日本人として誇りに出来る成果だと思う。日本人のすばらしさここにありだ。知力こそ、世界を生き抜く上での、日本の活路だ。だから、現代のような知の衰退は憂うべき事態だと思う。
 温故知新、世界に誇れる先人の遺業をもっと我々は知らねばならない。

2009/03/23 (Mon)

ダイエット日記〜順調に減っています〜2009:03:23:11:37:05

英国 141.JPG ◎
 昨年12月8日にダイエット宣言をしてから、3ヶ月半を過ぎたが、当初目標としていた一カ月1キロという目標超えて、現在6キロ減になっている。当初82キロあった体重は、今のところ、76㎏と77㎏の間を推移し、徐々に下降してっている。この調子なら、GW過ぎには、75㎏代に突入していると思う。
◎
 昨年からテニスをすると足の底の筋膜が痛いという症状が出ていたが、今は治まっている。体重が減った分、テニスも上達したようだ。
◎
 最近、テニス仲間の男性Kさんの体重が増え、逆に、私の体重が減って、Xの文字のように交わり、私の体重が彼の体重よりも下回ったという出来事があった。マラソンで、しんがりのランナーが前に走っているランナーを追い越したようなうきうきした気持ちになり、心の中でガッツボーズをした(・・・Kさん、ごめんなさい)。
◎
 私も何度もダイエットに挑戦し、失敗し続け、諦めて思考停止状態になっていたが、自分の身体に足底筋膜の変調や膝の痛みなどを来してから本格的にダイエットを研究し始めた。それまでは口だけで本当に向き合ってこなかったような気がする。
 でも、本当は、変調が起きる前に取り組んだ方が良いに決まっている。肥満は万病の元だからだ。目の前の危険は判っていても、なかなかできない。それがダイエットだ。
◎
 まず、ダイエットに取り組みたい方は、ダイエットとは単なる引き算であり、消費カロリーと摂取カロリーの引き算であることを理解し、おおよその食べ物のカロリーを頭にいれることからスタートする必要がある。そして、何より、無理をしないこと。いつも悩まされている食欲という本能を司る原始脳を騙して、リバウンドを招かないように徐々に減らしていくのだ。原始の脳に気がつかれると必ずリバウンドが生じる。
◎
 また、楽しみながらダイエットをするためには、まず、高性能の体重計を買うことも大切だ。100㌘単位で体重の変化が判った方が良い。そして、毎日、チェックするべきだ。そうすることで、何をしたら太るのか、何をしなかったら痩せるのかが判るはずだ。
◎ 
 私の体重計は、BMIや体脂肪率、健康年齢が分かるものだ。健康年齢は53歳だったのが、今、52歳、徐々に実年齢に近づきつつある。

2009/03/21 (Sat)

お奨め映画 vol2・「カッコーの巣の上で」〜ロボトミー事件〜2009:03:21:04:15:25

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○
 『カッコーの巣の上で』(カッコーのすのうえで、One flew over the cuckoo'snest)は、1975年のアメリカ映画。日本での公開は1976年4月。アメリカン・ニューシネマの代表作。原作はケン・キージーのベストセラー小説。精神異常を装って刑務所での強制労働を逃れた男が、患者を完全統制しようとする精神病院の看護婦長から自由を勝ち取ろうと試みる、という物語である。1975年のアカデミー賞では、作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞と主要5部門を独占した。
○
 この映画の中で精神病患者を統制する手段として使われているのが、電気ショックと、ロボトミー手術である。
 ところで、札幌地方裁判所で争われた医療過誤事件でロボトミー事件という判例がある。札幌地方裁判所【判決年月日】 昭和53年9月29日判決で、主要な判例集にも掲載されている。この事件は、 医師が患者の身体に対し手術を行う場合には、原則として患者自身の承諾を得ることを要するものと解すべきであり、とりわけロボトミーのように手術がその適応症ないしは必要性において医学上の見解が分かれ、重大な副作用を伴うものである場合には患者の意思が一層尊重されなければならないから、患者の承諾なしに行われた本件手術は、違法たるを免れることはできないと判断された民事事件だ。
 判決によると、大脳特に前頭葉の一部に侵襲を加えて精神症状を改善しようとする方法は、ポルトガルリスボン大学神経学教授モニス(EgasMoniz)により一九三六年発表施行され、その後アメリカのフリーマン、ワッツ(Freeman.W,Watts.J.W)らにより体系化され、各国に普及し、また、種々の術式が考察されるようになった。それらを総称してロボトミー(Lobotomy)又は前頭葉白質切截術と呼ぶのが普通である。一九四八年にはモニスの右業績に対してノーベル医学賞が授与された。
 しかし、ロボトミー後に生じる人格変化としては医学上一般に次のようにいわれている。即ち人間らしい高度で複雑繊細な欲動、感情、思考が失なわれ、思考行動における積極性持続性、他人への思いやりや協調性、創造的空想力といったものを欠き、刺激に対する単純浅薄な反応、原始的欲動の無抑制、利己的で無反省でなげやりでかつ受動的な生活態度が目立つ。自己及び環境に対する関心の減少、感情の動きの単純浅薄化、感情経験の深さの減退、自発性の低下、創造への欲動の減退、内省力が乏しく抑制力がなくなり性質が外向化し一般に上機嫌となる。すなわち、ロボトミー手術は、その適応症ないしは必要性において医学上の見解が分かれており、重大な副作用を伴うものなのである。
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 カッコーの巣の上での主人公(主演ジャック・ニコルソン)は、権力主義的な看護師長のやり方に反撥し、患者を抑圧から解放し、人間らしさを取り戻そうとするが、規則違反を扇動した主人公には電気ショックが与えられ、最後には、ロボトミー手術が施され・・・・。
 映画は精神病院の問題点を暴きながら、人間にとって、一番大事なことは何なのか、正常に見える看護師長や医師の方が異常を来しているのではないかなど、深く考えさせられる。また、患者役を演じるアメリカの俳優達のうまさにも舌を巻く。
 私と同世代の皆さんなら、みんな知っている名画だが、最近の若者は殆ど知らないらしい。もし、機会があったら、是非見て欲しい映画である。

2009/03/19 (Thu)

卒業おめでとう~卒業式の思い出~2009:03:19:17:31:59

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 厚生年金会館やホテルロイトンが近いせいか、事務所界隈で、袴姿の女子大生を見かけることが多くなった。
 実は、当職事務所の秘書のKさんも、卒業式を迎えた一人だ。大学在学中から事務所で勤務してくれていたのだが、晴れて今春卒業となった。
 法律事務所を開所してから13年を経過したが、秘書の大学卒業ということはこれが初めてである。卒業当日、袴姿で事務所に立ち寄ってくれて、事務所の仲間に晴れ姿を披露してくれた。
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 自分の卒業式の思い出は、中学、高校、大学と様々あるが、もっとも輝いていたのは中学校の卒業式だろう。新設中学校だったため、第一回卒業生という誇りを胸に、タンホイザー行進曲を合唱したことを思い出す。
 卒業した高校は、パフォーマンスで有名な札幌南校だが、私が卒業した頃から、仮装やパフォーマンスが盛んになっていったと思う。湿っぽい雰囲気はゼロであり、本当に明るい卒業式だった。丁度長島選手が引退した頃で、ジャイアンツのユニフォームを着たクラス代表がかなりいたと記憶している。
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 それにくらべて、北海道大学法学部の卒業式は複雑な思いで臨んだ。司法試験受験勉強のため、留年を決めていたから、同級生達の卒業を留年生として見送る立場になったからだ。それぞれの就職先に夢を抱いて出発する同級生。それを見送る、先が見えていない志だけがある自分。見事なコントラストだった。
 さらに、悲惨だったのが、数年後の自分の卒業式。留年しても合格を勝ち得ることができず、悶々としながら顔見知りもほとんどいない卒業式に出席した悲しさ。
 大学を卒業して司法試験に合格するまでの4年間は地下に潜ったような受験生活を北大法学部給湯室で送っていた。やっと日の目を見たのは、司法試験に合格した時だった。私の本当の意味での卒業は、司法試験に合格した時だったような気がする。
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 大学を終えたら、あとは卒業式はない。社会人になったら死ぬまで勉強である。 
 私の事務所の秘書のKさんにも、是非、精進をして、ともに働いている良き先輩達を見習って、社会人として大きく羽ばたいてもらいたいと思っている。期待している。

2009/03/17 (Tue)

ダム事業はどうして止められないのか2009:03:17:11:35:11

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 土曜日午後から、かでる2・7で、札幌弁護士会公害対策環境保全委員会のシンポジウム「川は流れる〜ダムでなくてもいいんでないかい?〜」が行われた。来年度から、2年務めたホームページ運営委員会から公害環境委員会に配属が変わったので、その準備も兼ねて参加してきた。
 札幌弁護士会、北海道弁護士会連合会、日弁連の各公害環境委員会には平成3年から平成17年まで関わってきたが、札幌弁護士会の副会長の1年間を含めて、この3年間は離れていたが、また復帰できることになって本当に嬉しい。シンポジウムに参加して、後輩の弁護士のみんなが以前よりも一回りも二回りも成長している姿を見て、私もまた復帰して活動したいなあ、現地調査に出かけたいなあという思いがこみ上げてきた。
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 シンポジウムでは、治水をダムに頼り切っている日本の政策の弱点が浮き彫りにされていた。我が国は、従来、主として洪水を河道に押し込めることによって治水対策を進めてきたが、ダムは、本来下流へと流れる川を大規模に堰き止めて流量の調節をするものであるため、洪水防止に効果があるとされ、全国各地でその建設が行われてきた。ダム政策は、雨水を川に集中させて、一気に早く海に流してしまおうというものなので、エネルギーを集中する政策である。ところが、今、先進国の治水の方向は、集水域を保全して、湿地を復活させて、ゆっくりと雨水を流すという政策である。イタリアのポーデルタの再建やフロリダ半島の湿地回復事業、デンマークの川の再生事業などを日弁連調査団と一緒に視察してきた経験もある。
 治水目的でダムを作っても、想定外大雨が降ると、ダムを守るために水門を開けるため、堆積した泥が一気に下流に流れて、壊滅的な被害がもたらされるという皮肉な結果になる。また、ダムを作るという前提をとるため、堤防の強化工事をしないため、各地で、大雨で堤防が決壊して大きな被害が生まれる。洪水は起きるが、被害を最小限に食い止めて、自然の力と上手くつきあっていくのか、ダムで強引にねじ伏せるが時に大きなしっぺ返しを喰らうのかの選択だろう。
 ダムを造るのがムダと分かっていても、公共事業としての価値(地元の雇用や土地収容)を見いだして続けていく必要があるとされているような気がするが、それであれば、ダムを壊すのも公共事業だし、堤防を強化する、遊水池を造るというのも公共事業だろう。
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 札幌弁護士会公害環境委員会では、ダム建設の予定地や完成している現場を、道内にとどまらず全国的に視察・調査し、ダムとそれ以外の洪水防止対策の比較・検討を行った上で、このシンポジウムを開催した。徹底した現場主義は同委員会のよき伝統だ。現場を見てきているだけに説得力が違う。途中で席を立つ方もほとんどなかった。それだけ興味深い良いシンポジウムであった。
 ディスカッションでは、パネルとして、宮本博司さん(元国土交通省防災課長・前淀川水系流域委員会委員長)、小野有五さん(北大大学院地球環境科学研究院教授)などが、意義深いお話しをしてくださっていた。宮本さんは国土交通省出身で、今はダム一辺倒の政策に反対している立場の方であったが、国土交通省出身だけにお話しに説得力があった。この他、川辺川ダム、八ッ場ダム問題などに関わってきた現場の方々から報告があった。こちらの話も本当に興味深かった。
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 北海道にも、サンルダム、当別ダム、平取ダムなど問題になっているダムが3つある。これらのダムの問題については、是非、今後も札幌弁護士会公害環境委員会で取り上げていって欲しいと思っている。
 また、折角のシンポジウムをあの場にいらしゃる方々だけに伝えて終わりではなくて、是非、ウェブサイトを通じて、シンポジウムの模様を発信して欲しいと思っている。

2009/03/15 (Sun)

刑事コロンボの世界を知っていますか。2009:03:15:21:19:09

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 刑事コロンボの再放送がNHKのBS放送で開始された。
 刑事コロンボは、 1968年から1978年まで45本がNBC放送で放送され(日本語版タイトル「刑事コロンボ」)、その後1989年から2003年まで24作品がABC放送にて放送された(日本語版タイトル「新刑事コロンボ」)。制作はユニヴァーサル映画。主演のピーター・フォークにとって初めての本格的な刑事ドラマ。原作・原案はウィリアム・リンクとリチャード・レビンソン。独特のテンポで進むストーリーで知的な犯人が完全犯罪を目論むも、一見愚鈍で無害そうなコロンボ警部補にアリバイを突き崩され自ら破滅の道を転落する必罰的展開ながら、静かにかつ確実に追い詰められて行く犯人の内面の葛藤や焦りといった激しい感情やコロンボのユーモラスな台詞回しなどそのいずれもが味わいのある1話完結の人間ドラマとなっている。犯人は最初から分かっている。しかし、完全犯罪を目論む犯人のトリックやアリバイをどう崩していくのかその過程が面白い。
 ちなみに、最近のお気に入りの、ジェフリー・ディーヴァーの作品も、犯人は最初から分かっていて、それをリンカーン・ライムがどうやって追い詰めていくかが面白い。
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 刑事コロンボが制作されたのは、昭和で言えば、43年から53年まで。自分の年齢でいうと、小学校4年生から大学2年生までだ。
 改めて、刑事コロンボを見てみると、当時のアメリカの生活の様子などが垣間見られて、面白い。携帯電話はないが、車に電話がついているし、外からかかってきた電話を録音するシステムもある。また、当時から、アメリカではトレーニングジムが流行っていたこともわかる。
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 刑事コロンボの中で、傑作だと思うのが、「別れのワイン」と「パネルD-3」だ。別れのワインは、ワイン収集とワインの製造に心血を注ぐ犯人とコロンボの対決が見物である。事件の決め手となるワインの味の変化を見抜くのは、他ならぬ犯人自身であるという結末が何ともすばらしい。犯人役は、大脱走で、ジェームス…ガーナーと飛行機でスイスに脱出しようとした盲目の脱走兵を演じていた役者だ。「パネルD-3の壁」は、死体が建築現場のパネルに隠されているのではないかという推理を見る側に与えておいて、あっと驚く、大どんでん返しを用意している。このストーリーも面白い。
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 刑事コロンボには、葉巻のシーンが多い。オフィスであろうと、殺人現場であろうと葉巻を吸いながら、捜査をしている。今からみると隔世の感がある。当時は愛煙家の天下だったのだ。また、コートを脱がないというのは、日米の習慣の違いだそうだ。日本ではコートは脱いでからチャイムを鳴らすが、外国では、コートのまま入って、中に入ることや長居することが許された時にコートを脱ぐのである。

2009/03/13 (Fri)

美味しいお店紹介vol.3  燻製工房etレストラン はせがわ亭2009:03:13:20:32:44

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 今回ご紹介するお店は、札幌にあるお店ではなく、北見市留辺蘂町にあるお店、「燻製工房 レストラン はせがわ亭」オーナーシェフは、長谷川健次さん。
 先日、北見に出張した際、留辺蘂にある小助川クリニックの院長夫人に連れていっていただき、初めて入ったお店。
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 長谷川さん自身で建てた小さなログハウスがレストランになっている。席は5名がかけられる程度の広さで、カウンター席のみだが、出される料理が本当に美味しい。
 ランチをいただいたが、ハムやホタテの燻製をつかった前菜に、美味しいペペロンチーノ、さらに、ゆず醤油仕立てのたこ飯、さらにデザートと続くが、目の前で手際よく料理を作って出すのを見るのも楽しい。
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 そして、燻製工房というだけあって、燻製が料理のアクセントとなって、料理の味を際だたせている。北見は、一歩足を伸ばせばサロマ湖等があり海の幸が豊富、もちろん山の幸も豊富な土地柄だ。地元の食材を生かしている。
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 道東にドライブ旅行にいった際には、絶対に、立ち寄って欲しい。札幌でもこのような美味しいご飯には滅多にありつけないと思う。
 地元の人でないと判らない美味しいお店を、地元の方に紹介してもらって行くというのは旅の楽しみの一つだ。
 新得町のイタリアンレストラン「ラ・パッパータ」や釧路の炉端の店「たる源」なども私の出張の際、楽しみにしているお店達だ。
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 北海道 北見市 留辺蘂町旭中央29-71
 営業時間 AM11:00〜PM3:00 PM5:00〜PM9:00
 定休日 毎週月曜日
 TEL 0157-42-5504
 http://www.drive-net.com/hasegawatei/

 

2009/03/11 (Wed)

お奨めの一冊vol.5 堤寛著・「病院でもらう病気で死ぬな!」・角川書店(560円)2009:03:11:20:02:54

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 2001年 の出版だからもうかなり古い本になるが、〜現役医師が問う、日本の病院の非常識度〜というサブタイトルが付けられている本がある。著者は、藤田保健衛生大学医学部教授だ。著者は病理学者という目線で、臨床の現場を分析している。
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 第一章は歴史に残る恐ろしい話というタイトルが付けられているが、歴史ものとしても非常に面白い。消毒法の父、ゼンメルワイスは、1850年頃、産褥熱による死亡率を、手湯部の徹底的な洗浄と防腐処理を実践(現在でも承継されているブラッシングによる物理消毒と塩素水による化学消毒の併用)して、前年比で10分の1にまで減少させた。ところが、当時の産科学の権威者は、ゼンメルワイスの業績を無視した。ゼンメルワイスの業績を認めることは、すなわち、産褥熱が医師の手指による媒介される医原病である事実を認め、患者の命を救うべき医師自らの役割を自己否定することになるからにほかならなかった。実際、当時、医師らは診察前に手を洗っていなかった。
 結局、ゼンメルワイスは、ウィーン大学を追われ、祖国ハンガリーのペシュト大学(現ゼンメルワイス大学)で産科教室を主催し、産褥熱による死亡者ゼロという成果を上げた。しかし、学会からは否定され続け、最後は、メスで傷ついた手指に端を発する創傷熱(これも医師が手洗いをしないのが主な原因)でゼンメルワイスは死亡した。
 昨年、パリに行った際、保健省ではフランスでは手洗いをしないまま医療を行う医師が多いので、それを無くすキャンペーンをしていると語っていたことが思い出される。藤田教授は、日本の病院で広まるMRSA感染症も同じようなことが原因になっていると語っている。
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 もう一つの悲劇は、日露戦争の際の、脚気について論争だ。脚気は急性ビタミンB1欠乏症であるが、東京慈恵会医科大学の祖である高木兼寛男爵(貧しい人を対象とした無料診療施設東京慈恵医院の開院、看護婦養成所、朝日生命の設立)は、海軍医務局長として(当時35歳)、良質の給食を提供することで、脚気患者の発生を極めて少数に抑えた。ところが、東京大学医学部出身の陸軍軍医局の医師たちは、一介の薩摩藩医である高木ごときに何が判るとばかりに、批判し、東大医学部出身でドイツ留学中の陸軍一等医の森林太郎(鴎外)を中心に、食事説を排斥、陸軍では米食至上主義が貫かれた。このため、日露戦争の旅順の戦い(203高地)で、乃木希典率いる陸軍第三軍は戦闘期間7ヶ月の間脚気に悩まされ続けた。
 なお、皮肉なことに、ロシア側はビタミンC欠乏症壊血病に悩まされていた。ロシア軍は大量に保存してあった大豆からもやしを育てて食べることを知らなかった。不思議なことに、大豆にはビタミンCはないが、もやしにはたくさん含まれている。
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 このような興味が尽きない話の先には、病気の原因を探り、それを探求する姿勢の重要性、メンツや権威にこだわらない科学者としての姿勢の大切さを説こうとする著者のねらいがある。
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 第三章病院でもらう病気で死ぬなでは、病理学者としての鋭い視線が臨床医に注がれる。清潔でなければならない白衣のまま、食事や銀行にでかける医師、ナースキャップを何日も洗わずかぶりつつける看護師。腕時計をしたまま診察している医療者等々。日本の病院の問題点、医療従事者の意識の低さが浮き彫りにされる。
 この本を一度読んでから、病院にでかけてみると、様々な問題点が見えてくるはずである。患者もこの本を読んで、受動的ではなく、能動的に医療に参加し、ミスを未然に防ぐ、感染症にかからないように自己防衛する必要があるかもしれない。
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 インフルエンザが流行っていますが、基本は手洗いです。気をつけましょう。
 

2009/03/09 (Mon)

心にズドン!と響く運命の言葉と出会いましたか。2009:03:09:16:53:47

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 ひすいこたろう著・「心にズドン!と響く運命の言葉」・王様文庫・三笠書房・580円には、良い言葉が載っている。私の今の心境に響くのは以下のような言葉だが、読み手の置かれた状況や心境で、それぞれ感動する言葉は違うのではないだろうか。
 本書の特徴は、いわゆる偉人の言葉ではなくて、アニメや漫画、タレントなどいろいろな人のコメントが集められているのが特徴である。
 お奨め本までは行かないが、興味があったら一度立ち読みして、購入してみてはどうだろうか。
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 「無いもの以外、すべてある!]ラーメンマン◎漫画キン肉マン
 無いもの以外は全部あるのだから、ある物を見てあるものを楽しみ、あるものに感謝しながら生きていきたい。・・・ラーメンマンだけでなく、偉人もこう話している。・・・ないものを嘆くな、あるものを生かせ(松下幸之助)、青がないときは赤を使えばいい(ピカソ)
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 「いまやっていないことは将来も出来ない」◎福島正伸
 夢を現実にする準備をしていないと夢は夢で終わってしまう。大リーグ・レッドソックスの松坂大輔投手は夢という言葉は一切使わないそうだ。「夢」と言ってしまったら、それは現実化しないということになってしまうからだそうだ。
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 「人が死んだ後に残るものは、集めたものではなく、与えたものである。」◎シャラール・シャンデリ
 成年後見人の仕事をしているが、老健施設にもって行ける物はごくごく限られた物である。日本人は、死ぬ段階が一番金を持っていると言われている。欧米では自分の金はリタイア後使い果たして死ぬのが理想だそうだ。お金のため方も大事だが、使い方も大事だと思う。
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 「人生はアップで見ると悲劇だが、ロングショットではコメディだ」◎チャールズ・チャップリン
 人生を俯瞰で見る眼を常に持ちたいものだ。複眼的、長時間的、実質的に物事を見ろということだろう。
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 「愛される女はかわいいけれど、愛する女はかっこいい」◎黒木瞳、「愛することは愛されることよりよほど大切だと思います」◎オードリー・ヘップバーン
 先日、NHKのインタビューで、あの女優のチャン・ツィーも、同じようなことを話していた。
 

 
 

2009/03/07 (Sat)

花畑牧場生キャラメル・ジャガポックル・白い恋人・マルセイバターサンド・夕張メロンピュアゼリー2009:03:07:23:34:48

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 最近花畑牧場の前には行列ができている。行列までして買いたい物は生キャラメルだそうだ。今や、花畑牧場の生キャラメルは、 本州(内地)の皆さんが大好きな北海道のお菓子のトップのようだ。
 ある東京の弁護士が札幌に来て、用事を済ませると、目の色を変えて、花畑牧場生キャラメル・ジャガポックル・白い恋人・マルセイバターサンド・夕張メロンピュアゼリー等を買い求めるため奔走していた。事務所のスタッフに絶対買ってきてと頼まれたという。東京には美味しいお菓子がないのかと思って、素直に聞いてみると、「無い」と断言されてしまった。う〜ん。やはりそうか。
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 しかし、北海道にはもっともっと美味しいお菓子が沢山あるのに、判で押したように、これらの商品しか名前が出てこないのは残念だ。北海道にずっといる人は気がつかないかもしれないが、北海道はお菓子大国だし、お菓子を吟味する道産子の味覚も洗練されているように思う。
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 私がお奨めの銘菓は、滝川でしか手に入らない「モンモウ」、深川の「ウロコ団子」、根室の「オランダ煎餅」、網走の「五寸釘寅吉煎餅」等。本州のデパートの名産店でも北海道が一番集客力があるというのだから、もっと、うまく宣伝をすれば、お菓子産業ももっともっと隆盛になっていくと思うのだが。
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 我々がスーパーで買っている安売りのメロンにしても、東京では到底考えられないことらしい。また、北海道では、どのお店に入っても魚介類は美味しいし、野菜も美味しいし当たり外れはないが、それが当たり前だと思っていたら大間違いなのだ。
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 美味しい物を手軽な値段で食べられるのは本当に幸せなことだ。幸福の物差しはいろいろあるだろうが、美味しく、安全なものを食べることができるという物差しがあれば、北海道は一番だと思う。北海道の食糧自給率は200%だと聞いたことがある。
 いろいろ海外にでかけたことがあるが、やはり北海道の食べ物は一番だと思う。

 

2009/03/05 (Thu)

お奨め映画 vol1・「ペーパー・チェイス」〜ロースクール・日米の差〜2009:03:05:22:06:58

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 ペーパー・チェイス (The Paper Chase) 1973 US 監督:ジェームズ・ブリッジス 出演:ティモシー・ボトムズ、ジョン・ハウスマン(アカデミー助演男優賞)、リンゼイ・ワグナー、エドワード・ハーマン
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 「ペーパー・チェイス」はハーバードロースクールが舞台になっている。鬼教授の契約法専門家の教授キングスフィールド(ジョン・ハウスマン)の下で、主人公を初め学生達が必死になって勉学に励む様子が描かれている青春もの。物語は、ハーバードロースクールで如何にしてAをたくさんとるかということを競い合う学生達を描いている。厳格な名物教授キングスフィールドと、その教授からA判定をもらおうともがく主人公の学生ハート。そして、その名物教授の娘と知らずに、恋に落ちてしまう。果たして、ハート達はA評価をもらえるのか・・・。
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 この映画が上映されたのは、丁度私が15歳の時だが、大学生になってテレビで観たのが最初だった。当時は北大法学部の学生として司法試験を目指していたが、ロールクール制度がどのようなものかも理解しないまま、ただただその面白さと、自分と同じく司法試験を目指している主人公に感情移入しつつ惹かれていった。
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 将来、日本にもロースクールが出来て、その非常勤講師になることは当時司法試験にすら受かっていない自分には、思いも寄らなかったことであった。アメリカの授業はソクラテス問答式で進められ、教授から予め学生に資料を渡され、学生はそれを読んで事前準備をしてから授業に臨むのだが、単に資料を読むだけではついて行けない。教授との問答に的確に受け答え、自分なりの立論をしていくには、周辺の判例や学説をフォローしておく必要があるからだ。
 途中で、瞬間的記憶能力を有する天才やIQが非常に高い学生が出てくるが、ロースクールではそれでは全く通用しないと言うことが思い知らされる。
 ペーパーテストだけではだめで、100名近くいる授業で、常に発言をし、教授のマシンガンのような質問に答えて、教授に名前を覚えてもらわないと、もらえない。
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 何故学生はそうまでして頑張るかというとロースクールの成績で、就職先も大きく左右されるからだ。特に、有名な教授の授業でA評価をもらったと言うことは大きな加点要素となる。
 一方、今の日本のロースクールの成績評価はまだまだペーパーテスト中心だ。また、授業でも学生の発言が少ない。授業の成績は、就職と関係がないのだ。弁護士を雇い入れる法律事務所でも成績は余り重視していない。この辺りが日本とアメリカの違いの原因かも知れない。
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 この映画は、そのような日米のロースクールの在り方、アメリカの大学の厳しさを知るにはとっておきの映画だ。
 元大臣の竹中平蔵著・竹中式マトリクス勉強法・幻冬舎(950円)には、竹中平蔵氏が一週間は何故日曜日から始まるのかとという項目で、以下のようなことを書いている。
 「ハーバードの学生は、金曜日の授業が終わったときは、一週間が終わった開放感で皆パーティー気分になります。しかし、浮かれているのはせいぜい土曜まで、日曜日になると、さっそく翌一週間の予習が始まります。その様子と来たら、みな目の色が変わるほど。日曜日の夕方ともなると、図書館の駐車場は満杯で、空きを探すのに苦労をするほどでした。勉強する人にとって、日曜日にはまさに一週間の始まりなのです。」という記載がある。
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 (無駄知識)・・・ヒロイン役で、離婚協議中のキングスフィールドの娘は、リンゼイ・ワグナーが演じている。リンゼイ・ワグナーは、私が中学時代、日曜日の午後10時30分から1時間の枠でSTVで放映されていた「バイニックジェミー」の主人公。この枠は、「チャーリーズエンジェルズ」「スーパーライダー」と人気アメリカ実写物が放映されていてとても楽しかった。
 

2009/03/03 (Tue)

北海道大学法学部教授大塚龍児先生退官記念祝賀会に出席して2009:03:03:12:06:20

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 北海道大学法学部には、学部公認の法律相談室がある。毎週、土曜日、無料相談会が開かれている。法律相談会では、学生が市民の皆さんの法律相談に当たり、相談にのっている。もちろん無料である。相談後の事後検討会では、顧問の教官を交えて意見交換が行われ、もし回答に誤りがあれば、相談者に連絡をする等のフォローアップをしている。もちろん、相談会の最中にも教官がバックヤードに控えている。
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 この法律相談室は、比較法の第一人者である五十嵐清教授が顧問として創設に関わっておられ、今日まで50年以上の歴史がある。商法を専門とされている大塚教授はこれまで35年間顧問を務められてきた。私が法律相談室に在籍して、室長をしていたのは、今から30年前だから、当時大塚先生は顧問を務められてから5年目くらいだったことになる。当時は、五十嵐先生と大塚先生のお二人が顧問だった。
 その頃は、毎年5,6名の室員が入り、そのうち1名程度が女子というような具合だったが、今は、一学年20名程度が所属し、その半分以上は女子学生だということである。
 集まった卒業生も女性が非常に多く、隔世の感があった。
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 私は、卒業後の司法試験浪人中、北大給湯室で勉強していたが、大塚先生に過去問の論文試験問題の答案を採点していただいたり、商法の分からない論点について尋ねるため、教官室にお邪魔したりしていた。また、弁護士になってからは、法曹テニスを通じて交流があり、さらに、この5年間は北海道大学ロースクールの非常勤講師として、お話しをする機会に恵まれた。
 特に、昨年は、北大教官チームの一員として、小樽商大教官チームとのテニス対抗戦にも出場させていただき、ペアを組んで、商大チームと大接戦を演じたことが記憶に新しい。
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 大学の教授には様々なタイプの教授がいるが、学生との関わりよりも、研究に専念したいと思う教授が多い。その中で、大塚先生は、学生とのふれあいを本当に大切にする先生だ。学問に対する極めて厳しい姿勢と、学生に対する優しいまなざしの両方を持つことは非常に難しいことだし、教育に対する情熱がないとできないことである。
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 大塚先生は、本当にこよなく学生から愛された先生だ。数多く集まった卒業生の数がそれを証明してくれていた。

2009/03/01 (Sun)

美味しいお店vol.2 居酒屋「円山きんぎょ」2009:03:01:09:59:22

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 北大ロースクールエクスターンシップで来ていたS君の研修も無事終了し、二人で私の大好きな居酒屋「円山きんぎょ」に行って、ささやかな宴を開いた。
 この2週間、S君は映画「Back to the future 」のようにタイムマシーンに乗って数年先の未来の世界をのぞき込んだような心境だったのではないだろうか。S君は、私の事務所の様子を見て、将来の姿に失望することなく、是が非でも合格して弁護士になってやろうと思ってくれたようなので、担当指導官としてはほっとしているところである。
 S君には、是非とも、一年間余り精進を重ねて、司法試験最終合格を果たしてもらいたいと思う。幸いS君のパートナーの方も暖かく支援してくれているようだ。二人三脚で栄冠を勝ち取って欲しい。
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 さて、小宴を開いた「円山きんぎょ」は、私がここ数年来通っている居酒屋だ。行くたびに、季節に合わせた料理が提供されて美味しい。料理は一工夫も二工夫もされていて飽きない。私は、野菜系と魚系が好きなので、嗜好と予算だけを告げて、全てスタッフにお任せしている。そうすると、運ばれてくる料理に対する感動も倍加する。こういう頼み方が出来るのがこの店の良いところだ。
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 そして、何より料理以上に気に入っているのは、美しい女性店長を筆頭に、ついついお名前を聞きたくなるような雰囲気のある美しい、かわいらしい、素敵な女性スタッフの皆さんが揃っているところだ。料理の説明も丁寧だし、料理に合う本格焼酎や日本酒、ワインもアドバイスしてくれる。私はお酒の銘柄も全てお任せして頼んでいる。なお、素敵な男性のスタッフも1名いる。
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 会社仲間、夫婦、ファミリー、恋人同士、だれもが楽しめるお店だ。本州から来たお客さんにも大好評である。
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 場所は、円山遊歩道や旧メルパルク近く。地下鉄東西線円山公園駅4番出口より1分。左隣のローソン横のビルの2階だ。

 TEL  011-631-0929 南一条西26丁目1-22 ホワイトハウス円山 2F 

 個室もある。弁護士の高橋さんのブログを見てきましたとおっしゃっていただけると、素敵な笑顔がプレゼントされるかも知れません。
 

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