2010/06/23 (Wed)
賭け事と大相撲
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大相撲の社会で賭博行為が常態的に行われていた事実が明るみになって、耳目を集める問題となっています。もちろん野球賭博に100万円単位でお金をかけるという行為を繰り返していた行為は悪質ですが、それが部屋によっては常態化していたために簡単に規範の壁を乗り越えてしまう力士が多かったのでしょう。
この問題は、今突然起きたことではなくて、過去から賭博行為に対する違法性の意識の低さ、賭博に対する親和性という問題が角界の底辺にあったと思います。
さらに大相撲という社会は縦社会です。先輩力士や親方に逆らってまで賭博を断ることにはかなりの勇気がいることでしょう。場合によっては、稽古に名を借りたいわゆる「かわいがり」でとんでもない目に遭うということがあるのかも知れません。
このような社会にあって賭博に手を出した者を強く攻めることができるのかどうか考えねばなりません。むしろ、閉鎖的な角界のあり方が議論されるべきかも知れません。
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ところで、賭博行為に対する姿勢は、国によって大きく異なります。日本では、公営ギャンブルとして競馬、競輪、宝くじなどが認められています。そして、そのギャンブルによって、胴元が大きな利益を上げていることは先の事業仕分けで明らかになったところです。本当は賭博は禁止しないと、勤労の美徳が損なわれるので全面禁止しても良いのでしょうが、そうなると人はなかなか賭け事を止められないので、ヤミの賭け事が横行してしまい、かえって風紀が乱れるということなのでしょうね。公明正大なルールの下で、八百長なき、健康的なギャンブルは認めようというのが国の姿勢なのかも知れません。でも、冷静に見れば賭け事は賭け事です。どこで違法と合法の線引きをするのかは難しいところです。
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ただ、相撲界でいうならば、ギャンブルで稼ごうという姿勢、ギャンブルに神経を使うというのは良くないですね。土俵には金が落ちているといいます。野球賭博や花札で、稼がず、相撲で稼ぐという姿勢が欲しかったですね。
このような賭博行為が明るみに出ると、裁判にまでなった八百長問題についての相撲協会の主張も疑問視されてしまうかも知れません。
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それと、地方巡業や興業を行うために、どうしても暴力団とのつながりができてしまっていた側面もあるのでしょうね。日本独特の問題ですね。
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かくいう私は、全く賭け事は致しません。宝くじも買わなければ、パチンコもしません。競輪、競馬もしません。
※ 写真はスキポール空港・アムステルダム






