2011/03/31 (Thu)
弁護士はビジネスマンか職人か。
■
ところで、弁護士はビジネスマンか、職人かと問われれば、職人と答えますが、そういう答えを出せるようになったのはつい最近のような気もします。朝早く起きて、もくもくと豆腐を創る豆腐職人やネタを市場に仕入れに行く寿司職人 のように、弁護士も朝早く起きて黙々とだまって働くことをいとわなくなってくると職人意識が自然と生まれてくるものです。
弁護士を職人として捉えるなれば、イソ弁という徒弟制や弁護士会というギルド組織を維持してきた理由も頷けます。職人として弟子入りして、職人の技を盗んで、一人前に成長していくというのも似ています。
ところが、最近は、弁護士も職人ではなく、ビジネスマンと呼ばれるようになりました。イソ弁から勤務弁護士と呼ばれるようになっています。そして、今はサラリーマンという意識の弁護士も増えてきているのではないでしょうか。勤務して基礎力も備わらないまますぐに勤務先を辞めて独立する弁護士も増えてきています。
■
今春、当職事務所の齋藤弁護士も独立します。齋藤健太郎弁護士は、厳しい私の事務所の仕事によく耐えて、じっくりチャレンジしていたと思います。この3年間に蓄積した経験の量は多分図抜けていると思います。是非、その経験を生かして、大きく羽ばたいて欲しいと思います。
そして、私もまだまだ若々しく、齋藤先生に負けずに頑張っていきたいと思っています。
■
さて、今日は、午前中りそな銀行で売買決済に立会い、お昼に成年後見人の相談一件対応、交通事故の示談一件をまとめ、午後は、交通事故の弁論、さらに、滝川支部裁判所で離婚事件を和解をまとめ、事務所に戻ってきましたが、事務所では、夜遅くまで齋藤健太郎弁護士が引越作業に追われておりました。齋藤健太郎先生は3月末日をもって、当職事務所を旅立ち、新たに齋藤健太郎法律事務所を立ち上げます。イソ弁過程を終えて、新たなる旅立ちをするわけです。
齋藤健太郎先生の新事務所は、事務所から歩いてすぐそばのビルです。引越は業者を頼まず、中学時代の同級生のお友達が来てくれていました。お友達に来てもらっての引越は良いですね。何だか懐かしい、ほのぼのとした良い雰囲気を醸し出していました。齋藤先生は良いお友達を持って幸せです。
そういえば、一昔前、そうアート引越センターなどができる前までは、引越は近所や職場の同僚のお手伝いによって成り立っていましたね。私自身、実家から結婚後の新居までの転居は、当時同じ札幌地裁で修習していた修習生に手伝ってもらいました。手稲の実家から荷物を車に載せて、新居まで運び、新妻だった家内がお礼にカレーライスをみんなに振る舞ったことを覚えています。懐かしい思い出です。
↓
応援のワンクリックをお願いします。(写真は、デンハーグ)






