お知らせ

2026.06.06

ダイエット――結局は自己管理の問題です

 

学校祭で人生最大級の体重に

私は子どもの頃太った子どもだったようです。もっとも、当時の写真を見返してみると、小学校時代は極端な肥満というほどではありませんでした。中学校時代もその延長線上にありましたが、高校に入ってから体重が大きく増加しました。 札幌南高校在学中の体重は109キログラムでした。現在は73キログラム前後ですので、振り返るとかなりの変化です。 高校時代、最も太っていたのは学校祭の頃でした。 私は生徒会長を務めており、学校祭の準備のため連日夜遅くまで学校に残って山車の制作やステージの準備をしていました。夜になると仲間と一緒に「風月」の焼きそばを買いに行き、コカコーラを飲みながら食べます。帰宅すると今度は母が用意してくれた夕食が待っており、ペプシコーラを飲みながら再び食事をするという生活でした。 今から考えれば、体重が増えないはずがありません。 その後も肥満状態は長く続き、司法試験に合格する20代後半まで体重オーバーの状態でした。一般的なサイズの衣類は着ることができず、東急百貨店のキングサイズコーナーで服を購入していたことを覚えています。

結婚を機に大きく減量

転機となったのは結婚でした。 妻の食生活指導のおかげで体重は大幅に減少しました。司法試験合格当時には90キログラム台だった体重が、修習中に結婚して、80キログラム前後まで落ちました。 司法修習中には、後期修習までに体重が10キログラムも落ちたため、「何か大病を患ったのではないか」という噂まで流れたほどでした。 もちろん病気ではなく、健康的な生活習慣の結果です。

ジョギングとの出会い

弁護士になってからは、折角落ちた体重が再び増え始めました。 駆け出しの頃、仕事上のストレスから背中の痛みが出るようになり、その対策としてジョギングを始めました。すると体重は面白いように減少し、一時は70キログラム程度まで落ちました。 しかし、北海道の冬場のジョギングは路面凍結などの危険があります。そこで運動をテニスに切り替えました。 テニスも週に1〜2回は欠かさず続けていましたが、ジョギングほどの効果はなく、体重は再び80キログラム後半になりました。 この経験から、私にとって最も効果的な減量方法はジョギングであると実感しましたが、ジョギングを習慣づけるのはなかなか難しかったのです。

外見ではなく、内臓のために体重を減らす

様々な医療問題に取り組む中で、昨年、私の考え方を大きく変えたものがあります。 それは「内臓への負担」という視点です。 例えば腎臓です。体重が5キログラム減るだけでも、腎臓への負担は相当に軽減されると言われています。

受け売りですが・・・・・ 腎臓は、体内の老廃物をろ過し、水分や電解質のバランスを調整する重要な臓器です。しかも24時間休むことなく働き続けています。

肥満になると、身体全体により多くの血液を送り出す必要が生じます。その結果、腎臓は通常以上の仕事を強いられます。腎臓の糸球体では「過剰ろ過(ハイパーフィルトレーション)」と呼ばれる状態が起こり、長期間続くと腎機能低下の原因になることが知られています。さらに肥満は、高血圧や糖尿病の発症リスクを高め、それらを通じても腎臓に大きな負担を与えます。そのため、体重を減らすことは単に見た目を改善するためではありません。体重減少によって血圧や血糖の改善が期待できるだけでなく、腎臓にかかる過剰な負荷そのものを軽減する効果も期待されています。近年の腎臓病学の研究でも、肥満は慢性腎臓病の発症・進行に関与する重要な因子であり、減量は腎保護につながる可能性が高いと考えられています。・・・・

私は「体重が5キログラム減るだけでも、腎臓や肝臓等の臓器はかなり楽になる」と考えるようになりました。

そのことを知ってから、私は体重管理を単なる見た目の問題として考えなくなりました。 若い頃は、痩せることは外見を良くするためだと思っていました。しかし、年齢を重ねるにつれ、自分の身体の中で黙々と働いてくれている内臓のことを考えるようになりました。 腎臓も肝臓も心臓も、文句ひとつ言わず24時間働き続けています。その負担を少しでも軽くしてあげることが、自分自身の責任ではないかと思うようになったのです。 そう考えると、「今日は少しくらい食べ過ぎても大丈夫だろう」という気持ちも変わってきます。 むしろ、「今まで本当に自分の内臓に悪いことをしてきたな」という反省の気持ちが強くなりました。

身体は一生使う大切な道具

私が意識するようになったのは、自分の頭と身体を分けて考えることです。 つまり、自分自身の身体を、自分が使っている大切な道具として考えるのです。 仕事で使うパソコンやスマートフォンは大切に扱います。自動車であれば定期的に点検し、整備します。故障すれば困るからです。 身体も同じではないでしょうか。 私たちは仕事をし、趣味を楽しみ、家族と過ごし、人生を送るために身体を使っています。その身体が故障してしまえば、どれほど能力や意欲があっても思うように活動することはできません。 であれば、自分の身体という道具も、できるだけ長持ちさせたいと思うのが自然です。 ダイエットや節制は、我慢のための我慢ではありません。 自分の身体を長く大切に使うための整備であり、メンテナンスなのです。

私が実践したシンプルな方法

食生活の改善といっても、私は難しいことはしていません。 難しいことは長続きしないと思ったからです。 そこでルールをシンプルにしました。 まず、お菓子とアルコールを買って自宅に持ち帰ることをやめました。 職場でいただいたお菓子は一つだけ食べ、残りは事務所の皆で分けます。また、平日の飲酒をやめました。 次に、麺類を食べたらご飯は食べないことにしました。 さらに、小腹が空いた時のお菓子をバナナに変えました。 バナナは満足感があり、私には非常に効果的でした。

節制とは意志力ではなく環境づくり

ダイエットについて考えていると、「意志が弱いから失敗する」と考えがちです。 しかし、私自身の経験では少し違います。 本当に大切なのは、自分の意思と戦うことではなく、自分が誘惑に負けにくい環境を作ることです。 風呂上がりには冷えたビールや白ワインを飲みたくなります。美味しい食事を前にすればなおさらです。 しかし、そのために着替えてコンビニまで行かなければならない状況であれば、多くの場合は面倒になって諦めます。職場を出て、コンビニ行って、お菓子を買ってくるのも面倒なはずです。 つまり、自宅や職場にお菓子やアルコールを置かないことが重要なのです。 ビールの代わりには炭酸水が役立ちました。飲み応えがあります。 また、そば茶もおすすめです。カフェインが含まれていないため、夜でも安心して飲むことができます。

半年で6リットル以上の減量

こうした取り組みを続けた結果、半年で体重は大きく減少しました。 感覚的に言えば、2リットルのペットボトル3本以上の重さが身体からなくなった計算になります。 特別なサプリメントも、高額なダイエット商品も使っていません。 日常の小さな習慣を変えただけです。

自己管理は弁護士にとって永遠の課題

ダイエットや節制について書いてきましたが、結局のところ、これらは自己管理の一部に過ぎません。 私自身、弁護士として仕事をする中で、自己管理は永遠の課題だと感じています。 依頼者の皆様の大切な問題を解決するためには、一つひとつの案件に丁寧に向き合いながら、多くの仕事を並行して進めていかなければなりません。 限られた時間の中で、どの仕事を優先し、どのように進めるのか。どうすればトラブルなく質の高い仕事を提供できるのか。 今もなお、より良い方法を見つけるために悪戦苦闘の毎日です。 そう考えると、体重管理も仕事の管理も本質はよく似ています。 一時的な努力ではなく、無理なく続けられる仕組みを作ること。 感情や欲求に流されるのではなく、長期的な視点で判断すること。 そして、自分自身を適切にコントロールすること。 ダイエットや節制は脳のコントロールの問題だと書きましたが、それは仕事についても同じです。 健康な身体があってこそ良い仕事ができます。そして良い仕事を長く続けるためには、身体も頭も適切に管理しなければなりません。 これからも、自分の身体という大切な道具をいたわりながら、依頼者の皆様のお役に立てるよう努力を続けていきたいと思います。 そして最近、仕事や勉強において改めてその重要性を実感しているのが「予習と復習」です。 学生時代には当たり前のように言われていたことですが、弁護士として長年仕事を続けてきた今になって、その意味を改めて考えるようになりました。 次回は、「予習復習の大切さ」をテーマにお話ししたいと思います。
2026.05.24

裁判のIT化が変える「司法の地理」・・・一月一言

――北海道から見える、日本社会と司法の未来

先日、久しぶりに東京へ一泊の出張に行ってきました。 東京駅周辺は、平日にもかかわらず驚くほどの人の多さです。電車は満員に近く、飲食店には仕事帰りのサラリーマンたちが溢れ、大きな声で談笑している。地方都市とは異なる、独特の熱気と喧騒があります。

増え続ける外国人と、東京の「NY化」

その中で、特に印象的だったのは「外国人の多さ」です。 丸の内を歩いていると、オフィス街の中に、ごく自然に多くの外国人が溶け込んでいる。観光客というより、そこで働き、生活している人たちです。札幌で目にする外国人の数や雰囲気とは、明らかに次元が違います。 思い返せば、まだ日本に今ほど外国人が多くなかった時代、海外視察でローマやロンドンを歩いた際にも、似たような感覚を覚えました。 ロンドンには、典型的な「英国紳士」ばかりがいるわけではありません。目の色も肌の色も多種多様で、まさに「人種のるつぼ」という印象でした。 ニューヨークのような多様性です。 そして、10数年を経て、同じ現象が東京にも起きているのだと感じました。東京は今、急速に「NY化」しているのかもしれません。

日本特有の「東京一極集中」

もっとも、日本は依然として強い中央集権国家です。 大学も、大企業も、情報も、人材も、結局は東京に集まる。地方で育った若者たちは東京へ向かい、親は仕送りを続ける。その総額だけでも、莫大なものになるでしょう。 一方、ドイツを旅した際には、まったく異なる都市設計を感じました。 ベルリンは確かに首都ですが、日本の東京のような圧倒的一極集中ではありません。ミュンヘン、ハンブルク、フランクフルトなど、それぞれの地方都市が独自の魅力と経済圏を持っている。国家として、「集中しすぎない」構造が意識されているように思えます。

北海道からだからこそ見えるもの

東京にずっといると、日本全体が東京の延長線上にあるように感じるのかもしれません。 しかし、北海道から東京を見ると、別の現実が見えてきます。 人口減少、人手不足、事業承継、交通インフラ、医療や介護の問題――。地方では、東京とは異なる課題が日々進行しています。 法律実務でも同様です。 東京では当然とされる制度や商慣習が、地方ではそのまま機能しないこともあります。地方には地方の産業構造があり、人口動態があり、距離の問題があります。 だからこそ、北海道のような地方からの視点は重要なのだと思います。

裁判のIT化が変える「司法の地理」

そして今、その「東京一極集中」は、司法の世界でもさらに進もうとしています。 裁判のIT化です。 かつては、裁判をするためには、人間が裁判所へ行かなければなりませんでした。弁護士も、裁判官も、書記官も、当事者も、同じ場所に集まる必要があった。 しかし現在は、ウェブ会議による期日が増え、書面提出も電子化され、物理的に裁判所へ行く必要は急速になくなっています。 実際、最近の札幌地方裁判所の中は、以前とはかなり雰囲気が変わってきました。 かつては、廊下で知り合いの弁護士に会い、雑談を交わし、相手方代理人と顔を合わせ、書記官と少し話をする――そんな日常がありました。 しかし今は、人が少ない。 裁判所の中で弁護士に出会うこと自体が減っています。建物の中が、どこか「がらん」としている。空洞化は、すでに始まっているのだと思います。

「人間が存在しない裁判」の不気味さ

もちろん、IT化によって効率は上がります。 移動時間は減り、遠方の依頼者の負担も軽くなる。便利になった部分は間違いなくあります。 しかしその一方で、裁判手続から「人間の気配」が消えつつあることに、強い違和感を覚えます。 人間が、人間に直接触れ合うことなく、裁判が進んでいく。 相手方の表情を見ることもない。裁判官の空気感を感じることもない。廊下で偶然会って和解の糸口が生まれることもない。 画面越しに、データだけが流れていく。 それは、生理的に受け付けない感覚です。 裁判とは、本来、人間同士の紛争を、人間が解決する営みだったはずです。 怒りも、悲しみも、後悔も、事情も、沈黙もある。その空気を共有するからこそ、和解や妥協や情状というものが存在してきた。 しかし、効率化されたデジタル空間では、そうした「人間的な揺らぎ」が削ぎ落とされていきます。 情けも何もない世界です。

AIが裁く社会は来るのか

行き帰りの飛行機では、ハリウッド映画『Mercy』を観ました。 作品の中では、刑事事件をAIが90分で審理します。 そして、有罪確率が92%を超えれば即処刑。 被告人には弁護人も付かず、自らAIを使って証拠を探し、自分で無罪を立証しなければならない。失敗すれば死刑です。 極端な設定ではあります。 しかし、現在進んでいるAI技術や司法のデジタル化を見ていると、単なるSFとして笑えない部分もあります。 AIは、膨大な判例や証拠を瞬時に分析できます。感情にも左右されない。効率性だけを見れば、人間より優れている場面もあるでしょう。 ですが、裁判とは、本当に「確率」で決めてよいものなのでしょうか。 人間の人生、背景、後悔、沈黙、空気――。そうした数値化できないものを、司法はこれまで扱ってきたはずです。 東京の通勤ラッシュを歩いていると、ときどきSF映画の中に入り込んだような感覚になります。 誰も無口で、整然と、ロボットのように歩いていく。 巨大なシステムの中を、人間が流れていく。 そして、その延長線上には、人間が裁判所へ行かなくなる世界、人間同士が接触しない司法、AIが判断を下す社会が待っているのかもしれません。 便利さと効率化の先で、私たちは「人間による司法」をどこまで残せるのか。 北海道から東京を見ていると、そんなことを考えさせられます。
2026.05.11

黙る者が負けるというルール・・・一月一言

「批判してはならない社会」が生む停滞

最近、「批判すること自体が悪い」という空気が、日本社会の中で強くなっているように感じる。 もちろん、感情的な中傷や人格攻撃は慎むべきである。しかし本来の「批判」とは、物事を検討し、問題点を指摘し、改善の可能性を探る行為のはずだ。それにもかかわらず、異議を述べることそのものが敬遠される風潮が広がっている。 日本人は幼い頃から、「空気を読むこと」「波風を立てないこと」を重視する文化の中で育つ。自分の意見を貫くより、周囲との調和を保つことが、上手に生きる知恵として教えられてきた。 「出る杭は打たれる」という言葉は、その象徴である。 この文化には、無用な対立を避け、共同体を安定させるという長所もある。しかしその一方で、既存の価値観を疑う視点や、独創的な発想は生まれにくくなる。 そのため、日本では、ブレイクスルーを起こすような突出した人物や、独自の発想を持つ起業家が育ちにくいと言われることもある。

「異議を述べる文化」である訴訟

ところが、法律の世界は、この日本的感覚とはまったく異なる。 訴訟とは、本質的に「異議申し立て」の制度である。相手方の主張に対し、「それは違う」と論理的に反論することによって成り立っている。 西洋近代法の根底には、対立する意見をぶつけ合い、その中から妥当な結論を導くという思想がある。 したがって、訴訟の場で沈黙は美徳ではない。 たとえば、相手方の主張に反論しなければ、「争わない」とみなされる場合がある。いわゆる黙示の承諾である。 しかし、日本社会では「争わないこと」が良識とされやすいため、この感覚を理解していない人が少なくない。 その結果、本来なら争えたはずの権利を、自ら放棄してしまう人もいる。

書面を見るだけで傷ついてしまう人々

実際、訴訟になると、相手方から届く書面そのものに大きなストレスを感じる依頼者は多い。 「こんなことを書かれた」 「人格を否定された」 「攻撃された」 そう感じて深く傷ついてしまう。 しかし、訴訟とは、そもそも原告と被告で物事の見え方が異なるから起こるものである。意見が対立するのは制度上当然に予定されている。 むしろ、反論が存在すること自体は異常ではない。 しかし、日本社会では「対立」そのものへの耐性が弱いため、法的紛争に直面しただけで精神的に消耗してしまう人が多い。 そこで最も楽なのは、黙ることである。 しかし、黙っていれば問題が消えるわけではない。

黙る者が負ける社会

弱肉強食の社会では、沈黙する側が一方的に不利益を受けやすい。 家庭内で立場の弱い配偶者、会社で発言力を持たない従業員、社会的影響力を持たない個人――。 そうした人々にとって、本来、法律は「最後の防御手段」である。 法の下では、強者も弱者も平等である。 だからこそ、弱者にとって法律は極めて重要な武器になる。 しかし現実には、その武器を使おうとしない人が多い。 法律を知らない。 弁護士に相談しない。 争うこと自体を避けてしまう。 結果として、「声を上げない者」が不利益を受け続ける構造が温存される。

なぜ弁護士を増やしたのか

近年、日本では司法制度改革によって司法試験合格者数が大幅に増やされた。 その背景について、「事前規制を減らし、自由競争社会へ移行する以上、被害を受けた人が自ら権利を守れる仕組みを整える必要があった」という指摘がある。 つまり、国家が細かく規制して守る社会から、「被害を受けたら法によって救済を求める社会」へ変わろうとしたのである。 これは、ある意味で「自己責任社会」の進行でもある。 だからこそ、法律へのアクセスを広げ、弁護士を増やす必要があった。 しかし、多くの人はまだ、その変化に気づいていない。 競争社会を受け入れながら、同時に「争うこと」を忌避する。この矛盾が、日本社会の停滞感を生んでいるのかもしれない。

批判とは破壊ではない

本来、批判とは破壊ではない。 それは、現状を問い直し、問題点を明らかにし、より良い方向へ進むための行為である。 もちろん、感情的な攻撃や誹謗中傷は慎むべきだ。しかし、「異議を述べること」まで否定してしまえば、社会は変化を失う。 黙っていることが美徳とされる社会では、強い者の論理だけが通りやすくなる。 だからこそ今、日本社会に必要なのは、「争わないこと」ではなく、「冷静に異議を述べる力」なのではないだろうか。 相談者の中には、訴訟を提起することや話し合いを基調とする調停を申し立てることに躊躇して辞めてしまう方も多い。本当に残念なことだ。
2026.04.29

旅の思い出 〜 北海道大学教養部時代・島原への旅の記憶 〜

ドイツ語クラスがつないだ縁

北海道大学の教養部時代、クラス編成は第2外国語によって決まっていた。私が選んだのはドイツ語。担任は岡崎先生という、ドイツ語をこよなく愛する熱血教官だった。

その情熱に打たれ、私は先生のゼミを履修した。ゼミではワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』を輪読した記憶がある。決して平易な内容ではなかったが、言葉と思想に向き合う濃密な時間だった。

その後も岡崎先生とは年賀状のやり取りが続いた。広島大学へ転勤された後、大作『ニーベルンゲンの歌』を完成され、それを寄贈していただいたこともある。学生への思いと学問への情熱の深さを感じる出来事だった。

また、クラスから2人もドイツ語研究者の道に進み、大学教官となったのだから、今振り返ると非常に恵まれた環境にいたのだと思う。

そんなクラスで出会った仲間たち——板東君、野村君、寺田君、そして長崎県島原出身の木村君とともに、忘れがたい旅に出ることになる。


学生時代の無謀で贅沢な旅

目的地は、木村君の実家がある長崎県島原。北海道から九州までという長距離の旅だが、当時の私たちには時間だけはたっぷりあった。

お金はないが時間はある——そんな学生らしい発想で、フェリーを活用した節約旅行が始まった。


フェリーで始まる試練の一日

まずはJRで小樽へ向かい、夜、新日本海フェリーに乗船。翌日は丸一日、船の上で過ごすことになる。

しかしこの一日は過酷だった。波が荒く、ほとんど船酔い状態で、一歩も動けない。ただ横になって耐えるしかなく、苦しい時間が延々と続いた。


京都での回復と自由な散策

3日目の朝、舞鶴に到着。ようやく船酔いから解放され、生き返ったような気分だった。その後、列車で京都へ移動し、「京都タワーホテル」に宿泊した。

京都市内は木村君が案内してくれた。なぜあれほど詳しかったのかは思い出せないが、三十三間堂や清水寺などの名所を効率よく巡ることができた。修学旅行とは違い、自分たちのペースで歩く京都は、どこか新鮮だった。


瀬戸内海の穏やかな船旅

4日目の夜には神戸へ移動し、そこからフェリーで門司へ。今度は瀬戸内海航路である。

前回とは打って変わって波は穏やかで、非常に快適な船旅だった。同じフェリーでもここまで違うのかと実感した夜だった。


太宰府と九州の暖かさ

5日目、九州に上陸。福岡は通過し、太宰府天満宮へ向かった。当時、さだまさしが学生の間で大人気で、「飛梅」の情景を思い浮かべながら参拝し、梅ヶ枝餅を味わった。

さらに、木村君の案内で、お兄さんが勉強していた九州大学にも立ち寄った記憶がある。春休みの時期だったが、九州は北海道とは比べものにならないほど暖かく、その気候の違いも印象に残っている。

その後、西鉄で熊本へ移動し、連絡船で島原へ。ここまでで片道約1週間という、ゆったりとした旅程だった。


島原での温かな時間

木村君の実家に到着すると、家族の会話はほとんど島原弁で、正直なところ理解は難しかった。それでも、温かく迎えてくれていることは十分に伝わってきた。

島原を拠点に、島原鉄道で長崎市へも足を延ばした。


長崎の風景と味の記憶

長崎では木村君の親戚の方も同行してくれ、街を案内してもらった。赤レンガの教会、稲佐山、眼鏡橋、原爆記念公園——どれも印象深い場所ばかりだった。

そして、長崎ちゃんぽんや皿うどん。土地の味もまた、この旅の大切な記憶の一部である。


帰路というもう一つの旅

数日後、木村君を島原に残し、4人で帰路についた。熊本へ渡り、バスで阿蘇を横断し、別府温泉で一泊。その後フェリーで大阪へ向かう。

大阪からは国鉄の「北国」に乗車し、夜出発して青森まで向かう。木の椅子席で一日かけて移動するのは非常に厳しいものだった。

さらに青函連絡船で函館へ渡り、そこから列車で札幌へ戻る。長く、そして身体にこたえる帰路だった。


不便さの中にあった豊かさ

振り返れば、決して楽な旅ではなかった。船酔いに苦しみ、長時間の移動に疲れ、贅沢な食事もなかった。

それでも、あの旅は確かに楽しかった。

時間に追われることなく、日本を縦断し、京都や長崎、島原をじっくり味わうことができたのは、学生時代ならではの贅沢だったと思う。


もう戻れない旅のかたち

あれから約50年。今は多少の余裕はあっても、あのように時間を贅沢に使うことは難しく、不便さを受け入れることもできないだろう。

新日本海フェリーでの激しい船酔い、瀬戸内海の穏やかさ、そして大阪からの厳しい列車の旅——それらは今も強く記憶に残っている。

あんな旅は、もう実現できないだろう。


あの頃の仲間たちへ

一緒に旅をした仲間たちとは、大学卒業後ほとんど会っていない。

それでも、あの時間を共有した記憶だけは消えない。ふとしたときに思い出しながら、みんなどうしているのだろうかと静かに考えることがある。

2026.04.21

一月一言・・・裁判官交代の季節

裁判官交代の季節

4月は「人が動く季節」

4月は、多くの職場で人事異動が行われる季節です。配属先や上司の変更に、期待と不安を感じておられる方も多いのではないでしょうか。

弁護士の仕事は、転勤や上司の異動とは基本的に無縁です。しかしながら、この時期、私たちの業務に少なからぬ影響を与える変化があります。それが「裁判官の交代」です。

同じ事案でも、判断の過程は一様ではない

裁判官は「裁判の独立」の原則のもと、それぞれが独立して判断を行います。そのため、同じ事実関係であっても、どの点を重視するか、どのように評価するかは裁判官ごとに異なります。

法律がある以上、結論は一つに定まるのではないかと思われるかもしれませんが、実際の裁判では、事実の評価や法の適用の仕方によって、結論に至るプロセスは必ずしも一様ではありません。

裁判官の交代がもたらす影響

実務においては、裁判官の交代が審理の方向性に影響を及ぼすことがあります。

それまで厳しい見通しであった事案が、交代後に審理の進み方が変わり、和解による解決に至るケースもあります。また、法廷でのやり取りの進め方や雰囲気が変わることもあり、手続の進行に影響を与える場面も見受けられます。

新たな担当裁判官への対応

このような背景から、弁護士にとっては、新たに担当となった裁判官の判断傾向や審理の進め方を適切に把握することが重要となります。

もっとも、それらは事前の情報だけで十分に理解できるものではなく、実際の期日におけるやり取りを通じて、丁寧に見極めていく必要があります。そのためには、事務所でパソコンの前でWeb会議に出ているだけでは駄目で、実際に裁判所に出向くことが重要と考えております。なお、実際に裁判所に足を運ぶ弁護士は札幌では極々少数派になってしまいました。裁判所に行っても戻る時間の節約によって、往復10分の価値よりも私は裁判所に出向いて、裁判官と意思疎通を図る価値の方が数倍大きいと感じています。

弁護士の役割と戦略

さらに、同じ事案であっても、弁護士によって事実の整理や法的評価、採るべき手続の選択は異なります。どの論点を重視するのか、どのような形で主張立証を行うのかといった点には、各弁護士の経験や判断が反映されます。

こうした戦略的な対応が、依頼者にとって最善の結果につながるよう、個別具体的に検討されます。

個別事案に向き合う専門家として

弁護士は、画一的な結論を機械的に導く存在ではありません。それぞれの事案の特性や状況に応じて、最適な解決に向けた道筋を構築していく専門職です。

近年、AIの活用が進んでいますが、事実関係の評価や交渉の機微、手続選択の判断といった領域においては、依然として人の経験と判断が重要な役割を果たしています。

裁判官の交代という一つの出来事からも、司法の現場が多様な判断と積み重ねによって成り立っていることを感じていただければ幸いです。

2026.04.04

一月一言・・・裁判のIT化とは?オンライン調停時代に見直すべき「対面」の重要性

ハリウッド映画「サロゲート」が示したIT社会の行く末

映画『サロゲート(Surrogates, 2009)』をご紹介したい。近未来を舞台とするこの作品では、人々は「サロゲート」と呼ばれる遠隔操作型アンドロイドを代理身体として使用し、ほとんど自宅を出ずに生活している。事故や犯罪は激減し、表面的には合理的で安全な社会が成立する。しかし、人々は自身の身体を使うこと、生身の姿を相手に見せることを手放し、他者との感情交流は希薄化し、巨大企業の支配が進む中で、社会は深刻な人間性の喪失へと向かっていく。ブルース・ウィリス主演のこの映画、最近CSで久々オンエアしていた。是非、チャンスがあったら見ていただきたい。

裁判のIT化が進む背景とメリット

近年、日本の司法分野において「裁判のIT化」が急速に進んでいます。
具体的には、Web会議による期日進行、オンライン調停、書面の電子提出といった手続が一般化しつつあります。

裁判のIT化には、次のようなメリットがあります。

  • 裁判所への移動負担の軽減
  • 手続の迅速化・効率化
  • 遠方当事者の参加の容易化

特に企業法務や多忙な当事者にとっては、時間的・物理的な制約を大きく減らす有効な仕組みといえるでしょう。

一方で、「オンラインで完結する司法」が進むことで、見落とされがちな課題も存在します。


オンライン裁判・オンライン調停の課題とは

裁判のIT化が進む中で、「オンライン裁判」や「オンライン調停」に対する課題も徐々に指摘されています。

非言語情報の不足

対面の場では、

  • 表情の変化
  • 声のトーン
  • 沈黙の意味
  • 姿勢や視線

といった非言語情報が重要な役割を果たします。

しかし、オンライン環境ではこれらの情報が制限され、当事者の真意や感情の機微を把握しにくくなる傾向があります。


書面の過激化・コミュニケーションの変化

近年の実務では、準備書面の表現が断定的・攻撃的になる傾向も指摘されています。

対面であれば自然と働く「相手への配慮」が、オンライン環境では弱まりやすく、心理的距離がそのまま表現に現れるためです。

これは、裁判の公正性や品位にも影響を及ぼす重要な問題です。


調停手続における対面の重要性

特に「調停手続」においては、対面でのやり取りが極めて重要です。

調停とは、当事者同士の合意による解決を目指す手続であり、単なる法的判断ではなく「人と人との対話」が中心となります。

調停委員は、以下のような要素から当事者の真意を読み取ります。

  • 表情のわずかな変化
  • 声の震えや間の取り方
  • 沈黙の重さ
  • 身体の動きや姿勢

これらはオンラインでは十分に伝わらないことが多く、調停の質に影響を与える可能性があります。


弁護士実務から見たオンライン化の影響

弁護士の立場から見ても、裁判のIT化は実務に大きな変化をもたらしています。

対面の場では、

  • 裁判官の表情の変化
  • 調停室の空気感
  • 廊下での短いやり取り

といった、いわゆる「行間の情報」を得ることができます。

こうした情報は、書面には表れないものの、事件の理解や戦略立案において非常に重要です。

オンライン中心の環境では、これらの情報が得にくくなり、判断の精度に影響を及ぼす可能性があります。


「対面」の持つ本質的な価値とは

裁判のIT化が進む中でも、対面には代替しがたい価値があります。

対面の場では、時候の挨拶や雑談といった一見無関係なやり取りが、信頼関係の構築に寄与します。

この「余白」があることで、

  • 当事者間の心理的距離が縮まる
  • 裁判官・調停委員との信頼関係が生まれる
  • より本質的な問題に踏み込める

といった効果が期待できます。


裁判のIT化と対面のバランスが重要

今後、「裁判のIT化」はさらに進展していくと考えられます。
オンライン調停やWeb期日は、今後も重要な手段であり続けるでしょう。

しかし、司法の本質はあくまで「人が人に向き合うこと」にあります。

すべてをオンラインに置き換えるのではなく、

  • 案件の性質
  • 当事者の状況
  • 紛争の深刻度

に応じて、対面とオンラインを適切に使い分けることが重要です。


まとめ:オンライン時代にこそ問われる調停の質

裁判のIT化は、利便性と効率性を大きく向上させました。
一方で、対面によって支えられてきた司法の本質的価値が揺らいでいる側面もあります。

特に調停手続においては、対面による対話が持つ意味は依然として大きく、

  • 当事者の真意の把握
  • 信頼関係の構築
  • 納得感のある解決

において不可欠な要素です。

当事務所では、オンラインと対面の双方の利点を踏まえ、案件ごとに最適な手続選択を行い、依頼者の利益最大化を目指しています。

2026.03.22

思いでぼろぼろ・・・心の原風景・・真駒内

真駒内の原風景

川の名を持つまち

澄川と石山の間に広がり、豊平川をはさんで藻岩の山並みに向かい合う真駒内。この地名は、静かに流れる真駒内川から名づけられたという。

いまでは大きな住宅地として知られているが、その歴史をたどると、牧場の時代、進駐軍の時代、そしてオリンピックの時代と、幾度も姿を変えてきた場所である。

けれども、私にとっての真駒内は、そうした歴史の年表ではなく、子どもの頃に見ていた風景そのものだ。


記憶のはじまり

もともとは北16条東7丁目あたりに住んでいたらしいが、その記憶はほとんどない。北海道大学のポプラ並木で撮った写真が残っているだけで、そこにいたはずの自分の記憶は不思議なほど空白だ。

はっきりと覚えているのは、真駒内に移ってからのことだ。


C団地という世界

団地はA、B、Cと順に造成され、私が住んでいたのはC団地だった。C団地は桜山の麓にあり、自然がすぐそばにあった。夏になると、たくさんのちょうちょやトンボが舞い、クワガタも飛んできた。草むらではキリギリスが鳴き、広場に行けばトノサマバッタが力強く跳ねていた。

C16の二階建ての長屋に、いくつもの家族が並んで暮らしていた。長尾さん、宮岡さん、林さん、森木さん――いまでも名前だけは鮮明に残っている。

全部で18棟、100世帯ほど。子どもたちが本当に多く、町全体に活気があった。


横につながる暮らし

二階建ての長屋で横に繋がっている暮らしは、どこか炭鉱住宅のような連帯感があった。壁一枚隔てた向こうに別の家族の気配があり、外に出ればすぐに誰かと顔を合わせる。

高層アパートのように上下に積み重なるのとは違い、横に広がる生活のつながりがあった。

家のつくりも素朴だった。一階に台所と居間があり、二階が寝床。風呂はなく、電話もない。それでも不便だと感じたことはあまりなかった。人の気配や声がすぐ近くにあることが、当たり前だったからだ。


学びと日常

幼稚園は真駒内幼稚園、小学校は真駒内小学校、中学校は真駒内中学校、そして真駒内曙中学校へと進み、高校は南校へ通った。幼稚園から高校二年生まで、実に12年以上をこの地で過ごしたことになる。

夏の夜には花火をし、街灯に集まるクワガタを追いかける。休みの日には「さとる君、あそぼう」と声がかかり、グラウンドで草野球をする。暗くなるまで遊ぶのが当たり前だった。


芝生の中の異国

自転車で走り回っていたのは、進駐軍が使っていた住宅跡。後に警察の宿舎となった場所だ。あたり一面が芝生で、石板の道が続いていた。ナナカマドやオンコの木が並び、まるでテレビで見たアメリカの住宅地のようだった。

その風景の中で過ごした時間が、いまでも鮮やかに残っている。


「端」に住む感覚

当時の真駒内は、いまよりもずっと「端」にある場所だった。市内に出るには、定山渓鉄道のマコナイ駅近くか、上町の商店街まで行ってバスに乗るしかない。真駒内の南の果てに住んでいる、そんな感覚があった。

高校のとき、今度は札幌の西の端である手稲へ移ることになる。そして、司法試験に合格するまで、そこに住み続けた。

振り返れば、私はいつも「端」に住んでいたのかもしれない。


変わるまち、残る記憶

オリンピックの開催が決まり、まちは一気に変わっていった。施設が建ち、団地が整備され、「五輪のまち」としての姿が形づくられていく。

けれども、私の中に残っている真駒内は、その前の、芝生が広がり、虫の音と子どもたちの声、そして人の気配が近くにあった住宅地の姿だ。


緑の中でよみがえるもの

いまは札幌の中心部に住んでいるが、大通公園の木々の間を歩いていると、ふと真駒内に住んでいた頃を思い出すことがある。

あのとき見ていた緑や風の感じが、どこかでつながっているのかもしれない。

まちは変わっていくものだが、原風景は変わらない。

それが、このまちが持つ、もう一つの姿なのだと思う。

2026.03.15

医療事故・医療紛争はすぐに訴訟するべき?

医療紛争の早期解決に役立つ「民事調停」という選択

医療事故や医療トラブルが起きた場合、多くの方がまず思い浮かべるのは「裁判(医療訴訟)」かもしれません。

しかし、医療紛争の解決方法は訴訟だけではありません。実務上、民事調停という制度を利用することで、訴訟に進まず解決できる可能性もあります。民事調停は、裁判所が関与しながら当事者の話し合いによって解決を目指す制度であり、医療紛争においても重要な役割を果たし得る手続です。本稿では、医療事故の解決手段としての民事調停の意義と可能性について解説します。


医療紛争は専門性が高く、認識の違いが生じやすい

医療紛争の大きな特徴は、医学的専門性の高さです。

患者側としては「医療ミスではないか」と感じていても、医療機関側としては「医学的には問題のない処置である」と考えていることもあり、双方の認識に大きな隔たりが生じることも珍しくありません。

このような状況で、いきなり訴訟に進むと、

  • 争点の整理

  • 医学的評価の検討

  • 鑑定などの手続

に多くの時間と費用がかかることがあります。

そのため、まずは調停の場で事実関係や医学的評価を整理し、双方の理解を深めながら解決の可能性を探ることには大きな意味があります。


医師が関与する民事調停の仕組み

民事調停は、公開の法廷で行われる訴訟とは異なり、非公開の場で話し合いによる解決を目指す制度です。

調停では通常、裁判官、一般調停委員が関与しますが、医療紛争の場合には医療専門調停委員として医師が関与する場合が多くあります。

訴訟の場合、裁判官が医学的知見を得るためには鑑定などの手続が必要となり、審理が長期化することも少なくありません。

これに対し、民事調停では、医師の助言を踏まえながら議論を進めることができるため、より実質的な話し合いが可能になるという特徴があります。


医療側の説明で患者が理解することもある

医療調停の場では、医療機関側の考え方や医学的評価について説明が行われます。

患者側としても、その説明を聞くことで医療行為の背景や医学的判断を理解できる場合があります。

実務上、医療側が丁寧に説明することで患者が納得し、訴訟に至らず解決するケースも少なくありません。

つまり民事調停は、単に賠償額を決める場ではなく、相互理解を深める場でもあるのです。


民事調停を軽視してしまう医療機関もある

もっとも、実務の中では、残念ながら医療機関側が民事調停を十分に重視していないように見える対応に接することもあります。

例えば、調停を形式的な手続として扱う、十分な検討を行わない、早期解決の可能性を真剣に検討しない

といった対応です。

しかし民事調停は、訴訟に発展する前に問題を整理し、早期に解決できる可能性がある重要な手続です。

医療機関側が患者に対して丁寧に説明を行えば、患者側が理解し、訴訟に進まず問題が収まることもあります。

その意味で、調停の場を十分に活用しないことは、早期解決のチャンスを逃してしまうことにもつながりかねず、非常にもったいないと感じる場面もあります。


患者に強い言葉を向ける書面が提出されることも

さらに残念なことに、調停や交渉の場において、患者に対して強い言葉を用いた書面が提出されることもあります。

もちろん、医療機関として自らの立場を主張すること自体は当然です。しかし、医療事故や医療トラブルの背景には、患者や家族の大きな不安や苦しみがあることも少なくありません。そのような状況で強い表現が用いられると、紛争はむしろ深刻化してしまいます。

本来、調停は対立を深める場ではなく、冷静に問題を整理し、解決を模索する場であるはずです。


海外では医師が調停に積極的に関与している

海外では、医療紛争の解決において医師が調停手続に関与する制度が整備されている国もあります。

例えば、ドイツでは、医師会が中心となって医療紛争の調停・仲裁制度を運営しており、医師が専門家として関与しています。

また、韓国では「医療紛争調整仲裁院」という制度があり、医師などの医療専門家が紛争解決手続に関与しています。

このように、医療紛争においては医学的専門家の関与が制度的に重視されている国も少なくありません。


日本でも医師の関与をもっと広げるべき

日本の民事調停でも医療専門調停委員として医師が関与することはありますが、実務上は必ずしも十分とは言えない面もあります。

医療紛争の性質を考えると、医学的知見を踏まえた議論ができる環境を整えることは非常に重要です。

そのため、今後は、

  • 医療専門調停委員としての医師の関与をさらに広げること、現役医師だけでなく、現役を退いた経験豊富な医師にも調停委員として関与していただくこと

なども検討されてよいのではないかと思われます。

医療と法律の双方の視点が調停の場に存在することで、より実質的で納得感のある解決につながる可能性が高まるでしょう。


医療紛争は訴訟の前に解決できることもある

民事調停は、医学的知見を踏まえながら柔軟な解決を図ることができる制度であり、医療紛争において非常に有効な手続です。

また、仮に調停が成立しなかった場合でも、調停手続の中で争点整理が進むため、その後の訴訟手続が円滑に進むという利点もあります。

医療紛争は、患者側・医療側のいずれにとっても大きな負担となります。

だからこそ、訴訟に進む前の段階で、民事調停という制度を十分に活用し、冷静で建設的な解決を模索することが重要だといえるでしょう。


医療事故・医療トラブルのご相談について

医療事故や医療トラブルについては、医学的評価や法律的判断が複雑に絡み合うことが多く、専門的な検討が必要となります。

当事務所では、医療事故に関するご相談をお受けしています。

  • 医療ミスではないかと感じている

  • 医療機関の説明に納得できない

  • 訴訟をするべきか迷っている

このようなお悩みがある場合には、まずは一度ご相談ください。

状況に応じて、調停・交渉・訴訟など適切な解決方法をご提案いたします。

2026.03.08

思いでぼろぼろ・・・ホセ・フェルシアーノと薬師丸ひろ子と葉加瀬太郎

一人で行ったコンサート

最初のコンサート体験

最初に行ったコンサートは、中学生のときだった。
同級生の村上君に誘われて出かけたのが、当時世界的に有名だったホセ・フェリシアーノのコンサートである。

プエルトリコ出身の盲目のギタリストで、「雨のささやき」が当時大ヒットしていた。会場はたしか札幌の厚生年金会館だったと思う。席はかなり上のほうで、ステージを見下ろすような位置だった記憶がある。

その頃は洋楽にかなりのめり込んでいた時期でもあり、生のギター演奏と歌唱力に強い感銘を受けた。
「コンサートとはこういうものなのか」と初めて実感した瞬間だった。

今も聴く「雨のささやき」

ホセ・フェリシアーノの「雨のささやき」は、今聴いても本当に良い曲だと思う。
とくにギターの響きが素晴らしい。

私はいまでもギター演奏の入った曲が好きで、よく聴いているのだが、その原点は、もしかするとあのときのコンサート体験にあるのかもしれない。

中学生の頃に受けた音楽の印象というのは、不思議なほど長く残るものだ。

一人で行った薬師丸ひろ子のコンサート

一人で行ったコンサートで思い出深いのは、なんと言っても「薬師丸ひろ子」のコンサートである。
高校時代か北大の教養部時代のことだったと思う。

彼女のアルバムはどれも完成度が高く、当時のいわゆる「アイドル」とは少し違う雰囲気があった。歌の世界観もしっかりしていて、音楽として楽しめる作品だった。会場は、同世代の男性で満員だったと思う。

当時は、アイドルという存在には「賞味期限」があるというのが、どこか暗黙の了解のようにあった気がする。
人気のピークは短く、その時代だけの輝きだという感覚である。

まさか彼女が、その後も長く第一線で活躍し続けるとは、当時は思いもしなかった。

座って聴くコンサートの時代

当時のコンサートは、今とは少し雰囲気が違っていた。
客席から立ち上がる人はほとんどおらず、みんな座ったまま静かに歌を聴いていた。

だからこそ、じっくりと音楽を堪能できた気がする。私から言わせると、良い時代である。

あの頃のコンサートは、歌を丁寧に聴く時間だったように思う。

ちなみに、薬師丸ひろ子が最近アルバムで取り上げている「愛のバラード」は、『犬神家の一族』のテーマ曲に歌詞をつけたものだが、これがとても良い。また、角川映画 野生の証明 のテーマ曲「戦士の休息」のカバーも、なかなか味わい深かった。

立つコンサート、座るコンサート

いつの頃からか、コンサートでは観客が立ち上がるのが普通になった。
前の人が立つと後ろの人は見えない。だから自分も立つ。そういう流れである。

しかし、ずっと立っているのが大変な人もいる。

以前、葉加瀬太郎のコンサートに行ったとき、彼は「ここは立って楽しんでください」「ここは座って聴いてください」と客席をうまく誘導していた。
その配慮には本当に助けられた。

コンサートというのは、演奏者と観客が一緒につくる空間なのだと改めて感じた。

アイドルという存在

当時は、アイドルは、いわゆる使い捨ての時代だったような気がする。その後も長く活動を続けていくことは、きっと並大抵のことではないのだろう。私は、中三トリオがデビューしたとき、まさに中三だった。アイドルについては、いろいろ思い出がある。また、別の機会に話してみたい。

2026.03.07

一月一言・・・温故知新・・オールドスタイルの和解手続の復活を

オールドスタイルの和解

裁判所のホールに人があふれていた頃

私が弁護士になった頃、民事事件の進み方には今とは少し違う風景があった。
ある程度、主張のやり取りが終わると、双方の弁護士と当事者が裁判所に集まり、裁判官と交互に面談しながら和解協議を進めるという方法が一般的だった。

当事者は裁判官から直接話を聞いてもらうことができる。
そして、裁判官が自分の事情を理解し、同感してくれたと感じることで、和解に応じてくれる方も多かったように思う。

そのため、裁判所の三階のホールには、いつも多くの人がいた。
弁護士や当事者が順番を待ちながらベンチに座っている光景は、ごく当たり前のものだった。

特に年末の「和解のシーズン」になると、ホールのベンチは満席で、座る場所もないほどだったことを覚えている。

和解がうまい裁判官

当時は「和解がうまい裁判官」という方が確かにいた。

そういう裁判官は、単に法律をよく知っているというだけではない。
人格的にも優れ、当事者の気持ちを汲み取る感受性を持っていた。

当事者の言葉を丁寧に聞きながら、紛争の着地点を示していく。
その説得力によって、当事者が納得し、和解が成立することも多かった。

そうした裁判官の姿は、今でも私の記憶に強く残っている。

静かになった裁判所

では、今はどうだろうか。

裁判所のホールは、以前のような賑わいがない。
弁護士同士が裁判所で顔を合わせる機会も、ずいぶん減った。

弁論準備は、多くの場合、事務所からWebで行われる。
確かに効率的ではあるが、裁判所から人の気配が消えてしまったようにも感じる。

紛争は本来、人と人との問題である。
その解決の過程から、人が直接向き合う場面が減っていることに、どこか寂しさも感じてしまう。

納得して終わるための解決

もちろん、時代の変化を否定するつもりはない。
しかし、当事者が代理人とともに同じ場所に集まり、裁判官の説諭を受けながら解決を探るという方法には、独特の力があったと思う。

顔を合わせて話をする。
その過程の中で、当事者は「きちんと話を聞いてもらえた」という実感を持つことができる。

その納得感があるからこそ、紛争は本当の意味で終わるのではないだろうか。

民事調停の重要性

そうした意味で、私は民事調停という制度をとても重視している。

当事者が同じ場所に集まり、調停委員や裁判官が間に入って話を聞き、解決を探る。
このプロセスには、人間同士が向き合う力がある。

効率化が進む時代だからこそ、こうした「人が関わる解決の場」は、むしろ重要になっているように思う。

少しオールドスタイルかもしれない。
それでも、当事者が裁判官の説諭を受けながら納得して解決するという形は、これからも大切にしていきたいものである。

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