コラム

2020.11.20

【1990年】私の司法修習生時代〈完結編〉後期司法研修所生活

ピリピリも無理がない?噂の「最終試験」

私の修習生の頃は、修習期間は2年間という長丁場だった。研修所の前期修習で実務家としての基礎を習い、実務修習で習得し、また研修所に戻って後期の4カ月で、それを再度まとめ上げるという形だ。そして、最後に待ち受けているのが、2回試験という「最終試験」である。最近はこの試験でかなりの人数が落ちるが、当時は1名か2名程度であった。しかし、自分がその1名か2名に入らないという保証は何一つ無い。
当時、裁判官や検察官志望者はこの時の試験成績がその後の出世に関係があるという、まことしやかな話が出回っていたので(それは実は本当らしい!)、任官志望の修習生は、どうしてもピリピリとした雰囲気となる。一方、弁護士志望の修習生は気楽だが、クラス全体の雰囲気はどうしても張り詰めたようになり、明るく楽しい前期修習とは雲泥の差であった。

無味乾燥の後期修習唯一の楽しみは……

後期修習時代は、連日起案起案の連続で、殺伐としたかなり無味乾燥な時期だった。そんな心を癒やしてくれたのはクラシック音楽だった。休みのたびに秋葉原まで出かけて『レコード芸術』で年間ベストテンに入ったCDを購入して、ディスクマンを利用して寮で聴いていた。聴いていたのは、モーツァルトの宗教音楽とピアノソナタ、バイオリン協奏曲が中心だった。これらの曲を聴くと修習生の頃をよく思い出す。
そういえば、中野サンプラザまで一人で出かけてバレエを観に行ったこともある。最もクラシック音楽に近づいたのは後期修習の頃だったように思う。海外でオペラを見るようになったのも、この時期の影響があるのかもしれない。
後期修習は、目の前にある2回試験対策も大事なのだが、就職後のことも気になって、なんだか落ち着かない。このような時期だからこそ、クラシック音楽が聴きたくなったのだろう。
余談だが、修習時代はモーツァルトをよく聴いていたのだが、徐々にバッハへと趣向が変わった。仕事中にクラシック音楽を聴くことが多いのだが、バッハだと仕事が大いに捗るからだ。

合格者の多くは実務修習中に挙式する

司法試験受験合格者の平均年齢は、およそ30歳前後で、男性が圧倒的に多数を占めていた。このため合格を機に、かねてから交際していた女性と、あるいは新たな出会いで結婚する修習生が多かった。私も、実務修習中に結婚式を挙げた。
私たちは、北11条教会で挙式し、そのホールで茶話会として披露宴を行った。アルコールはなかったがオードブルとお菓子、コーヒーで会費3000円。多くの方に気軽に参加していただけ好評だった。修習生仲間の演奏会や家内の職場仲間のコーラスなど、本当にささやかだったけれど、温かい披露宴だった。
当時、千葉の松戸にあった研修所の寮には、受信専用の電話回線が数本あった。この電話は各階の廊下に置いてあり、時に寮全体に響き渡る寮長の声で電話コールがあった。しかし、100名もの寮生がいるのだから、当然回線は足りない。多くの修習生が玄関に設置されている5台程度の公衆電話で、遠距離にいる恋人や新妻と話し込む。午後8時を過ぎると、寮生たちが電話の前でちゃんちゃんこを着てしゃがみ込んで、笑顔でひそひそと話し込んでいる姿が頻繁に見られた。
ちなみに、当時は携帯電話など無く、研修所の売店にあるテレフォンカードで電話をかけるしかない。この売店のテレフォンカードの売り上げは、なんと千葉県でトップだったそうな。

試験に落ちないコツ

年が明けると、いよいよ2回試験の本番である。当時は、民事系、刑事系の2本立ての筆記試験と口述試験まであった。まさに、最後の難関である。
この試験、絶対に落ちないコツがある。それは、落ちるのはごくごく少数なのだから、おおよその修習生が考えそうなことを答えれば良い。奇をてらって少数説を採る必要は無い。そう考えれば気は楽である。しかも、弁護士になるのに研修所の成績順位は無用。
というわけで、2回試験は無事通過。結局、不合格となったのは当日風邪で試験を受けられなかった1名だけであった。

弁護士のスタートはまさに修行のはじまり

2回試験の発表があり、卒業式を終えると、いよいよ弁護士のスタートである。札幌弁護士会に登録した弁護士は全部で7名だった。私の勤務先は、実務修習中に法律相談室の先輩弁護士に紹介をいただいた中山博之法律事務所。
中山博之先生は、当時札幌弁護士会の副会長で弁護士活動に熱心な人物で、刑事弁護では全国的に知られた売り出し中の弁護士。本当の修行はここから始まった。
数々の思い出深い事件に巡り会い、本当に修羅場修羅場の連続で、今の自分の基礎が作られたイソ弁時代の5年間だったと思う。どこの事務所に進むのかではなく、いかに意味のあるイソ弁時代を過ごすかが、大切だということが後になって分かるのである。