コラム

2020.11.21

旅の楽しみ方あれこれ

さいはての地のカラオケ

昨年秋、北海道弁護士会連合会公害環境委員会の視察で、知床の自然保護地区を訪れた。2泊3日の調査で、宿泊したのは、国立公園内でもっとも知床半島の奥にある温泉のホテルだった。
ここは携帯電話の電波の届かない場所である。外にでて耳を澄ましても、何の音も聞こえない。このようなところに来ると、日頃都会の喧噪の中で暮らしているということに気づかされる。
それは夜の食事となり、初日の調査の成果などを話している時だった。隣の宴会場からカラオケが響いてきた。数十人の宴会だ。
さいはての知床の夜を、どうしてカラオケを唄って過ごさねばならないのかがまったく理解できなかった。どうして都会でできることを、わざわざ知床に来てまでするのだろうか?

薪ストーブの暖かさ

2日目の視察では、知床の特別保護区にある番屋を訪れた。薪ストーブを囲んで、この地のさまざまなことについて船頭さんのお話を聞くことができた。
薪ストーブは、自然の恵みを実感させてくれる。1本の薪が燃える時に出す火力は、思いがけず大きいし、長持ちするものだ。すきま風とともに、海のにおいと、波の音が番屋に流れこんでくる。外を見渡せば番屋以外には何の人工物もない。自然のほかになにもない。このような場所に身を置くだけで癒しを感じることができる。
視察の帰り、車のライトを消して外に出ると、上空には星がきれいにまたたいていた。

不便さを楽しむ旅のススメ

知床にて。2004年10月
弁護士高橋智撮影

不便なことが貴重な世の中ではないだろうか。携帯電話も繋がらない。カラオケもない。テレビもない。そういうところで温泉につかって、星を眺めながら静かに夫婦で話して過ごすというのはどうだろうか。
観光=団体ツアー=宴会・食べ放題=カラオケというお仕着せの観光に、日本人は本当に満足しているのであろうか。
旅好きの方も多いと思うが、一度団体旅行を離れて、一人で計画を立てて、不便な土地に行ってみてはどうだろう。便利なことは世の中にあふれている。不便さを味わうことで発見できる、旅の喜びもあるはずである。