- 小学校高学年の頃、アメリカのテレビ番組「トニーとダグのタイムトンネル」を、一生懸命見ていました。この作品がアメリカで制作・放映されたのは1966年、日本で放映が始まったのは1967年です。今から半世紀以上も前のテレビ番組ですが、その印象はいまなお鮮明に残っています。
- 当時は、今のような録画機器も配信サービスもありません。見逃したら、基本的に次はない。だから外出先から帰ると、決まった時間にテレビの前に座り込み、まさに“かじりつくように”画面を見つめていました。同じような記憶を持つ方は、決して少なくないと思います。
- 「タイムトンネル」は、アメリカではABC放送網で放映され、当時としては大掛かりなセットと映像効果を用いたSFドラマでした。1960年代のアメリカは、冷戦の只中であり、宇宙開発競争が激化し、科学技術への期待と不安が同時に高まっていた時代です。そうした空気の中で、「時間を超える」というテーマは、多くの視聴者の関心を強く引きつけました。実際、放映当初の人気は高く、歴史上の人物や事件を次々と題材にする構成は、毎週のように話題を呼びました。テレビドラマでありながら、ショーとしての面白さと、知的好奇心を刺激する要素を兼ね備えていた点が評価されていたのです。日本での人気も、決して小さなものではありませんでした。
- 吹き替えによる放映でしたが、当時の日本の子どもたちにとって、「世界史」を映像で体験できる番組は極めて貴重でした。リンカーン、ナポレオン、第一次世界大戦、古代文明――教科書では理解しきれない世界史の出来事が、物語として目の前に現れたのです。
- トニーとダグは、謎の装置「タイムトンネル」によって、過去や未来の歴史的事件の真っただ中へ放り込まれます。行き先は選べず、戻る時代もわからない。彼らが立たされるのは、いつも人類史の転換点でした。この設定自体が、1960年代という時代を考えれば、きわめて先進的だったと言えるでしょう。
- この番組は、単なるSF娯楽にとどまりませんでした。 教科書では数行で済まされる出来事が、実在の人物や市井の人間の恐怖や混乱を伴って描かれる。だからこそ、歴史が「年号の暗記」ではなく、「人間の選択と結果の積み重ね」であることを、自然と学ばせてくれたのだと思います。中でも忘れられないのが、リンカーン暗殺とタイタニック号遭難です。トニーとダグは、いずれも結末を知っています。リンカーンが暗殺されることを。タイタニック号が氷山に衝突し、多くの命が失われることを。それでも、彼らはその歴史を止めることができませんでした。警告はしました。必死に訴えもしました。しかし、歴史の大きな流れは変わらない。ほんの少しの判断の遅れ、慢心、前例への過信が、取り返しのつかない結果を生んでいく。その無力さを、子ども心に強く感じた記憶があります。
- この「止められなかった」という構造こそが、「タイムトンネル」を特別な作品にしています。その後、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に代表されるように、タイムマシンを題材にした映画は、ハリウッドで繰り返し作られました。そこでは、過去に戻れば未来を変えられるという爽快で希望に満ちた構図が描かれます。「人生はやり直せる」というメッセージは、多くの人を勇気づけました。
- しかし、「タイムトンネル」は違いました。トニーとダグは、原則として歴史を変えることができません。未来を知っていても、結末は回避できない。ただその渦中で、目の前の誰かを救うこと、被害を少しでも小さくすることしか許されていなかった。この点で、この番組はきわめて現実的で、思想的にも非常に先進的だったと言えます。今あらためて振り返ると、トニーとダグは「歴史を救う英雄」ではありません。むしろ彼らは、「未来を知っていながら、間に合わなかった人間」の象徴だったように思います。
- この構図は、法律相談の現場で、何度も何度も目にします。相続手続きを長年放置した結果、相続人同士の関係が修復不能になってしまったケース。離婚後の財産分与や年金分割を先送りにしたことで、後になって大きな不利益を被るケース。不動産の名義変更を怠ったまま、次の世代に重い問題を残してしまうケース。
- 「問題があることは分かっていました」 「いずれやらなければと思っていました」 「でも、まだ大丈夫だと思っていました」
- 危険は見えていた。警告もあった。それでも「今回は大丈夫だろう」と判断され、結果として悲劇が起きたのです。
- 法律は、起きてしまった出来事をなかったことにはできません。リンカーン暗殺を止められなかったように、事故や対立を「なかった歴史」に書き換えることはできない。しかし、被害の広がり方や、その後の人生の重さは変えられる。それが法律の役割です。タイムトンネルがもし現実にあれば、私たちは過去に戻って選択をやり直せるかもしれません。ですが、現実にはそんな装置は存在しません。だからこそ、契約書があり、期限があり、専門家への相談がある。法律は、巻き戻しのできない人生に対する、一つの予防装置なのです。
- 子どもの頃、トニーとダグが「あと少し早ければ救えたかもしれない」場面に、私たちは悔しさを覚えながら見ていました。大人になった今、その立場に自分自身が立っていないか。そう問い直すことは、決して無駄ではありません。タイムトンネルは現実にはありません。しかし、「今」という時間だけは、誰にでも確かに与えられています。問題がまだ小さいうちに立ち止まり、考え、動く。その選択が、未来を大きく変えることもあるのです。
2026.01.02

