マンモス校だった真駒内中学
真駒内小学校から真駒内中学校へ進学した。
当時、周辺には真駒内中学校と平岸中学校しかなく、当初は真駒内中学校はマンモス校だった。クラスは10クラス近くあったように記憶している。その後、澄川中学校ができて生徒が分かれ、さらに札幌オリンピックの翌年には真駒内曙中学校も開校し、生徒は別れていった。
いま思えば、真駒内の街も学校も、ちょうど大きく変わりつつある時代だったのだと思う。
校庭で聴いた「レット・イット・ビー」
1971年、真駒内中学一年の夏である。
体育祭が終わったあとの校庭で、スピーカーから一曲の音楽が流れていた。
ビートルズの「レット・イット・ビー」。その時は、何の曲が、何を歌っているのか分からなかった。LP、LPと聞こえたので、LPレコードのことを歌っているのかと思ったくらいだ。
それまで洋楽にもビートルズにも、特別な興味はなかった。といか、世の中に流れていても耳に入っていなかった。しかし、その曲を耳にした瞬間、なぜか強く心を打たれた。
いまでも、そのとき自分が立っていたグラウンドの位置や校舎の形、夏の空気まで鮮明に思い出すことができる。音楽が、人の記憶とこんなにも深く結びつくものなのだと知った。
音楽室でのステレオによるレコード鑑賞会
同じ年、もう一つ印象に残っている出来事がある。
学校の音楽室で開かれた「ステレオレコード鑑賞会」である。
当時はまだ、家庭にステレオがある家はほとんどなかった。レコードを良い音で聴くこと自体が、少し特別な体験だったのである。最初はクラシック音楽だったが、最後にポピュラーも流してくれた。それが、サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」だった。
映画『卒業』のことも何も知らなかったが、その静かな歌声、ギターの音、絶妙なハーモニーに強く引き込まれた。その時の音楽室の雰囲気、そして音楽の先生の名前まで、いまでもよく覚えている。
ラジオが教えてくれた洋楽
それ以来、洋楽に興味を持つようになった。周囲の同級生も皆洋楽に興味を持ち始めた頃だった。
当時、ラジオには洋楽のランキング番組があり、
STVラジオの「こちらダイヤルリクエスト」という番組で、リスナーが電話で投票し、その数でランキングが決まるのだ。
その時、ラジオから流れてきたのは、
ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」、カーペンターズの「スーパースター」、エルトンジョン「It’s Me That You Need」等など。いま聴いても、どれも名曲ばかりである。
そして驚くことに、それらの多くが50年以上経った今でも輝きを失っていない。
団地の小さな部屋と大きなステレオ
どうしても自分の部屋で音楽を聴きたくなり、親に何度もお願いして、ついにステレオを買ってもらった。
札幌の街中にあったキクヤレコードで最初に買ったレコードは、クラシックの乙女の祈り、そして、ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」と
ミッシェル・デルペッシュ「青春に乾杯」だったと思う。
いま思えば、団地の小さな部屋に、やけに大きなステレオが置かれていたものだ。
夜になると家族三人の布団を敷くのだが、大きなステレオが場所を取るので、布団を敷くスペースは本当に狭かった。
両親と自分の布団を並べて敷けば、もう隙間はほとんどない。
それでも、そのステレオから流れる音楽は、団地の小さな部屋を越えて、遠い外国の空気や広い世界を感じさせてくれた。
洋楽との出会いは、そんなところから始まったのである。

